Suisouhou/Kokyuhou
呼吸法・吹奏法
■息の吸い方
本日2006年12月15日。前回の記事から7年以上も過ぎてしまいまし た。もうこのページを読んでいただいている方はいないでしょう。来年春から邦楽ジャーナル誌にて久しぶりに「鳴るほど・ザ・尺八」を連載することになりま した。決定版ということで今までの研究や理論構築の最終段階(まだ分かりませんが)の話を連載いたします。
で、このページも久々に復活させようかと思い書き始めた次第です。
いろいろな管楽器の教則本などで息の吸い方について書いてありますが、だいたい決まって「横隔膜を収縮させ胸郭を広げる。」「腹が膨らむように吸う。」「背 中にも息が入る意識を伴うように。」など私も今まで書いており間違いのないことです。また実践的な話において鼻で吸うのが良いか?、口で吸うのが良いか? 口と鼻、何対何でどの位の割合で吸うのが良いかという質問も良く聞きます。今回はこの疑問について私の理論を述べたいと思います。
息を吸う筋肉群「吸気筋」は主に「主動作筋群」と「補助動作筋群」に大別することが出来ます。「主動作筋群」とは横隔膜や外肋間筋、胸肋筋。「補助動作筋群」とは胸鎖乳突筋、前斜角筋、中斜角筋、後斜角筋、大胸筋、広背筋、後上鋸筋と様々です。といっても絵も図も無しに小難しい言葉だけで分かる訳ありませんね。「息を吸うだけでもいろいろな筋肉が動作しているのです。」と、この場は納得してください。しかし一番はっきり自覚しやすい大事な主動作筋群の部分だけ列記すると
横隔膜・・・息を吸おうとすると筋肉質で出来た膜が収縮し胸腔が上下、左右、前後三方向に広がります。
外肋間筋・・肋骨が持ち上がり胸腔が前後に膨らみます。
これらは主たる動作をする吸気筋で、慎重にじっくり行うとその動きは自覚することが出来ますね。補助動作筋でも胸鎖乳突筋、前斜角筋、中斜角筋など首に沿って形成される筋肉は息を一生懸命、もしくは急激に吸った時に首筋が筋張ったり、鎖骨近辺が持ち上がったりしてよく分かります。
正しい息の吸い方とはこれらの筋肉が同時に一斉に働く吸い方なのです。いっぱい急いで吸おうと思って口を大きく開けて吸ってもそれは良い吸い方とは言えません。簡単に吸ってしまった時は主動作筋群しか動いてないことが多いのですし、簡単に弛んでしまいやすいのです。後ほど述べることになりますが吹奏に於いて 大事なことは「吸気状態の維持」。俗に言う「息を溜める」ということに通じる感覚のことですが、「完璧な溜め」の状態こそ全ての吸気筋が吸気動作を行った状態の持続を言います。
なぜ鼻で息を吸うと良いのかは今まで誰も説明をしていないように思います。(口が渇かないからという説明は聞いたことがありますが)つまり鼻で吸うと吸気口が狭く息が 吸いにくい、程良い抵抗があるから吸気筋群が一気に反応するのです。補助動作筋も素早く反応しやすいのです。そのため頭を糸で上方に引っ張られたような気 持ちにもなります。息を背負ったような気持ちにもなります。あくびをかみ殺したような気持ちにもなります。これら全て「息を溜める行為」であり、肺の弾性にまかせて呼気をコントロール不能にしない基本なのです。
そろそろしめましょう。
正しい息の吸い方は全部の吸気筋を同時に収縮させること。そのためには
1.鼻から吸う、すするように吸うなど少し抵抗が生じる吸い方が良い。
2.気持ちを高揚させながら吸う。「やる気」「その気」「負けん気」で吸う。
3.下あごで吸う気持ち(引くように)、そして下あごは固定。吹奏は上あごを落とす気持ち。
4.いっぺんに簡単に楽に吸わない。
吹奏呼吸は吸気・呼気全てが流動的に関わり合っているので吸気だけ取り上げてもなかなか分かりにくいものです。これから少し続けて書いていきたいと思います。(06/12/15)
■息の吸い方2
今回は「息の吸い方実践編」とでもいいましょうか、ちょっとしたコツのようなものを簡単に。・・・・・・・・・・・・・音を出そうとする前に皆さんは楽器を顎に当ててから息を吸いますか?当てる前に息を吸いますか?関係ないようですが人によってはとても大事なこと。どんな人にとって大事かというと特に「顎あたりを気にしすぎる人」です。顎の触り心地、当て方、などに気持ちがとらわれすぎて息を深く吸えない人が案外多いのです。細かい小さな部分にとらわれず深く広く吸う感覚が大事です。顎を当てる前に息を吸い始め、音を出そうとする直前に楽器を当てる。この順番で吹いていると息の溜もしっかりとしてきて調子が良くなること間違いなし!(06/12/17)
■息の吸い方3
今回は姿勢によって違う息の吸い方です。尺八吹奏姿勢で考えられるのは「正座奏」「椅子奏」「立奏」です。それぞれの姿勢で大きく違うのは腰が折れているかどうかです。「正座奏」「椅子奏」は腰が折れていますが、「立奏」では真っ直ぐです。「正座奏」「椅子奏」でも正座は椅子に腰掛けた時よりしっかり腰が折れます。腰が折れることにより内蔵の圧迫感が大きく違います。このページの最初のほうの「腹式呼吸と胸式呼吸」で述べましたが、息を吸うことにより横隔膜が下がると内臓は圧迫され腹部は膨らみます。その結果お腹で呼吸をしているような感覚になるので「腹式呼吸」と言うのですが、息を吸う前にどの程度腹部が圧迫されているかによって吸った時の圧迫感も違ってきます。正座で腰をつぶしたようにした状態(内臓を圧迫した状態)で息を吸うと ちょっと吸っただけで顕著に腹部圧迫感をおぼえます。立奏の場合は逆に圧迫感は希薄になります。椅子に座っている時は椅子の高さや腰の落とし具合によって圧迫感は違ってきます。腹式呼吸を感じるには正座が一番合っているのです。正座吹奏の場合、吹奏に大事な「息の溜」はこの腹の張りを保つことに通じています。日本独自の礼儀姿勢「正座」から生まれる腹式呼吸により発声法も日本独自の歌唱法や旋律形態を生んでいるのです。立奏呼吸は次回です。(06/12/19)
■息の吸い方4
正座での吸気にに比べ、直立での吸気はさほど腹に入ってくる感覚はありません。それは3で説明したように吸気前の腹部の圧迫感の違いからくるのです。西洋の声楽では立って歌唱する場合が殆どです。日本の唄は腹で支えることはすでに述べましたが西洋ではより横隔膜に近いところを意識して息を支えます。(息を吸うと横隔膜はこうもり傘を開いたように広がり、且つ下方に下がり胸郭を広げて空気が肺に流れ込んでくるわけですが横隔膜はバネかゴムのように緩んで元に戻ろうとします。そこでその弛緩傾向に抵抗し続けるのが息の支え感につながってくるのです。)
つまり横隔膜の周囲がつながっている肋骨の張りなどを意識することにより息を支えます。当然尺八など管楽器も立奏で演奏するときは同じ呼吸になります。おおざっぱに言うと「正座の時は腹で、立ったときは上の方で支える」ということになるでしょうか。しかし体格による個人差もあります。太っていてお腹がパンパンの人は立って息を吸っても内臓圧迫を強く感じるので痩せている人より支えは腹に近くなります。逆に痩せている人は正座して息を吸ってもさほど腹に息が入った感覚はしない傾向です。(06/12/28)
■眉 芸
吹奏中の顔の表情が百面相のように変わる人がいます。オペラ歌手などもずいぶんと表情豊かに顔を変えます。これはわざと表情を変えようとしているのではなく、口腔内の容積を広げようとすると自然になってしまうのです。私も眉毛が上下したり、頭皮がつっぱったように動いたり、あちこちが動いてしまいます。口腔内を広げるだけではなく声帯にも効果があるようにも感じます。口腔奥を広げようとするときに補助的に眉毛、頭皮、耳、うなじ等々動かしてみると面白い効果が出るかも知れません。(99/8/20)
■喉鳴り
尺八を吹奏中に喉が「うっうっ」と鳴る人がいます。これは明らかに「声」です。下手な人でも上手な人でも喉の鳴りやすい人はいますが、あまり大きく鳴るとみっともないものです。今まで書いてきた「ピュアファルセット」を出す方法で吹奏法を指導してきましたが、多くの人に共通のうまくいかないことがあります。声帯を狭めること、緊張させることを目的としてこの方法を指導に使っているのですが声帯の上の部分、つまり口腔奥まで狭くしてしまう人のなんと多いこと。高い声を出そうとすると喉仏が上がってしまうのです。この方法で行うと喉鳴りが発生する原因ともなります。息を大きく吸うと喉仏は下がります。そのまま意識を腹部に集中して腹圧を上げてやると喉も上がりません。が、すぐに出来る人、そうでない人の差はかなりあります。(99/6/10)
■ムラ息
尺八を良く知らない人に「どんなイメージの音?」と聞くと殆どの人が「ブヒョー」と答えます。尺八独特の奏法「ムラ息」の音のことを言っているらしいのです。他の管楽器にはない音なので強く印象に残るのでしょう。このムラ息は 口の中を狭くすることにより鳴らすことが出来ます。今まで説明してきた音の出し方と全く反対です。つまり、ムラ息は初心者のように口の中が狭くなった息ノイズの多い汚い音です。しかし中途半端に狭くしただけでは息ばかり使ってしっかりしたムラ息は出すことが出来ません。ちょうど「カ行」「サ行」の子音を発 音した瞬間のように舌を上顎にしっかりとくっつけて息の通りを悪くして腹圧を増すと出すことが出来ます。この時舌と上顎で作った狭い息道で通過する息量を しっかりと少なくし(唇に到達する息圧を減少させるためにその部分でしっかりと受けとめる)唇は完全脱力、且つ半開き状態にし、唇は息圧を受けとめるので はなく、息の方向のみコントロールするようにします。一般に強い息の方が大量流出を防ごうとする自然反射により口の中は狭くなりやすく迫力のあるムラ息が 出ますが、舌と上顎の密着力のコントロールがうまく行くようになると弱い音でノイズ成分の多い音も出すことが出来るようになります。日本語は子音のあとが 母音になってしまうのですぐ口の中が開いてしまいます。子音の状態を維持する気持ちが大事です。またムラ息の際は唇が完全脱力しているため、風圧で前方方向に唇が押し出され、吹き口開口部分が狭くなり音程が下がりやすいので、あらかじめカリ、息方向を極端に下向きにすると音程は支えられます。(99/2/23)
■なぜ腹に力を入れるのか?
管楽器を吹く際に腹の力が抜けている人はいないと思います。人に教えると きも良く「腹に力を入れて」と言います。では腹に力を入れることにより体の中ではどんなことが起きているのでしょう。皆さん重いものを持つときに腹に力を入れますね。その時「んっ」とか「ほっ」とか声を出してから体に息を溜めて気合いを入れませんか?この声を出したときに声帯が閉じるのです。つまり腹圧を 上げることにより胸腔内の圧も高まります。そうして肺から急に空気が出ようとするのを防ごうと声帯は生理的反射で閉じるのです。管楽器吹奏の時も腹圧を上 げることにより声帯を閉じる補助をしているのです。ですから「はい腹に力を入れて」と言われて腹筋だけやたら硬化させてもいけません。腹腔内の圧を上げる ために腹筋を使っているのです。歌を歌うときも同じです。特に大きく高い声で歌うときなどはより腹に力が入るはずです。高い声では声帯も緊張してより狭い 隙間になります。そして緊張状態で振動しにくくなっているのでより高い腹圧にしてやらなければなりません。管楽器吹奏時のピュアファルセットやホワイト ヴォイスに似た状態はこのような状況と酷似しています。だから腹に力を入れるのです。一流の演奏家で気合いを入れて鳴らすときにピュアファルセットが出て いる方もいるのです。よく口の中を狭くして(ずっと奥の方)高い声を出そうとする人がいますがこれは逆効果なのでやめた方がよいと思います。あくまでもベ ルカント裏声で出す練習をしなければ何にもなりません。そして吹奏時は口の奥を柔らかくして口腔奥に息が溜まって口蓋垂の辺りを息が押し広げているような 感覚がよいと思います。(99/2/5)
■ピュアファルセット
先日、TBSのニュースの中の「報道特集」で「音痴を直す」という特集が ありました。私は家にいなかったのですが家内が見ており「あっ、これはいつも尺八のお稽古で生徒にやらせているのと同じだ。」とあわててビデオの録画ボタ ンを押してくれたので見ることが出来たものです。見た方も沢山いると思いますが、音痴には「音程は分かっているが思っている声が出せない-運動性音痴-」と「自分の声の高さも分からない-感覚性音痴-」がありほとんどの音痴が「運動性音痴」だというのです。それは声帯のコントロールが上手に出来ないことが起因しています。この声帯のコントロールは声帯の下にある輪状甲状筋という筋肉をコントロールして行いますが、この筋肉を鍛えるために犬の遠吠えにも似た「ピュアファルセット」という声を出せるようにすることが音痴脱出の方法なのだそうです。実はこの声の出し方は私も以前から声帯を緊張させる方法として生徒に指導している方法であったため非常に驚きました。この番組では三重大学教育学部の弓場助教授という方が音痴の人にピュアファルセットを指導する様子が 20分以上にわたって放映されました。私の考え方はこのピュアファルセットによる声帯緊張を更に緊張状態に持っていき、声にならない「ホワイトヴォイス状態」になったときが管楽器吹奏中の喉頭の状態であると考えています。これには甲状筋の緊張の他に息圧も関係してくると思っていますがそこら辺のところをこの助教授と話をしたいと思っていたところ、以前津でのコンサートの打ち上げで「なる八くん」を肴にすっかり盛り上がってしまい、気に入って買ってしまったナイスな三重大学教授の親友だというではないですか。すぐに連絡を取ったのですがピュアファルセットの研究でアメリカに行っているとのこと、帰国次第会ってみたいと思っています。それにしても大学で研究をしているといろいろな資料もありそうで今から楽しみです。(98/10/1)
■声帯コントロール
声帯のコントロールは今まで指導書に載ることも全くありませんでした。それは声帯の動きについて意識することが出来ないことから無視し続けられたものと推測できます。しかし、吹奏中の身体をじっくりと意識することにより可能で あることを私は確信しております。日常においても重いものを持つときなど腹に力を入れた際に声帯を閉じ息を身体に閉じこめます。朝、寝起きに背伸びをするときなども大きく息を吸ってから腹圧を上げて声帯を閉じその隙間からシューッと空気を少しづつ漏らすことにより肺の中での空気の滞在時間を長くして充分な 酸素を取り込もうとします。前者は腹圧を上げることにより声帯が反射的に閉じようとするもので、尺八を鳴らすときも腹に力を入れたり腹圧を上げたりするのも十分に声帯を緊張させるための方法なのです。後者は肺に息を溜める意識、つまり息を吸い続ける意識を持つことにより吸気筋の緊張を持続させ、腹圧(空気 圧)がよりダイレクトに声帯を刺激するための方法であり尺八の時も息を溜める意識などはこの吸気筋の緊張を持続させるための意識的手段なのです。尺八を鳴 らす際に一番大事なのは音を出す瞬間であり、この時吸気筋の緊張が緩んでしまうと声帯も十分に緊張せず必要以上の息が流れ出てしまうことになります。息を 吸い続けながら(ほんの僅かづつでも)唇を閉じて行き、決して吸気筋を緩めないようにして鳴らそうとするときに腹圧を少し上げるだけで声帯は十分にコントロール(狭めることを言う)出来、必要な分だけのほんの僅かな息を口中に補い続けることが出来るのです。この方法により唇にも負担がかからず柔らかい自然な状態で小さな穴を形成することが出来ます。唇を柔らかくすると良いと言われるのは「唇を柔らかくする努力をしているうちに自ずと声帯コントロールを伴った呼吸法が身につく」からなのです。これはすべての管楽器に共通の呼吸法であると信じています。(98/9/19)
■声帯の役割
声帯について書いてきましたがここで分かりやすくまとめてみましょう。 しっかりとした音を鳴らすためには声帯が狭まっていることが大事であることは向井氏の観察結果の発表により証明されましたし、私自身の観察結果においても 同様な結果を得ることが出来、その事実についてはご理解頂けたと思います。つまり声帯は狭まることにより吹奏中の息量をコントロールしているのです。実際 に吹奏に必要とする息の量はごくわずかです。上級者になればなるほど少ない息で音を鳴らし、一音の持続時間も長くなります。これらはすべて声帯による息量 コントロールがしっかりと出来ているからなのです。もし声帯の締まりが悪いとどうなるでしょう。息がどんどん口腔内に溢れ、唇からどんどん漏れだそうとするために唇は単独でがんばって漏れ出る息量をコントロールしなければならず結果的に唇は堅くなってしまったり、頑張りきれずに必要以上に息を漏出してしま います。また息の調節もいくら呼吸筋で行ってもダイレクトに唇に伝わったのでは微妙な操作は出来ません。つまり、声帯のコントロール(緊張)により肺から 口の中へ出てくる息の量は非常に少なくなるのです。その結果、口腔内気圧を適度な状態に制御できるため唇への息プレッシャーも必要最小限の状態になり唇は 柔らかい状態のままで小さな穴を形成することが出来ます。良く言われる「唇を柔らかく」とは声帯コントロールによって可能となるのです。甲の音をディミヌエンドするときなどは少ない息で速度の速い息を得ることが出来れば良いのですが、この時も息の口腔内への流出をコントロールして柔らかく非常に小さな(唇の)穴を形成することにより可能となります。(やり方についてはまた「コントロールの方法」で説明します)また腹に力を入れて肺にプレッシャーをかけても息がどっと出てしまわないのも声帯のコントロールによるものです。(98/9/1)
■声帯へのこだわり
向井先生にお会いしたとき、実は私も吹奏中の喉頭を観察させてもらいました。なるほど吹奏中の声門が閉じているのがはっきりと見えました。しかし、乙のロの時だけわずかに開き気味になるのです。そういえば自分の鳴らし方は乙のロだけ音の持続時間が短く、音量は大きいのですが音色が今一締まった感じにならないのです。「そうかこれが原因だったのか」しかしいったいどうしたらいいのか分かりません。「自分で実感を伴って分からないものどうしようも無いじゃないか。」向井先生の理論を批判した人たちの気持ちが少し分かるような気もしましたが、これでは自分の喉を見て吹き方の欠点を理論で分かって実感で分からず、ただモヤモヤしたものが残るだけでした。その後(3~4年後)札幌の耳鼻咽喉科の先生で都山流尺八をされて いる瀬川霞山先生とお話しする機会を得、この声帯の話をしたところ非常に興味を示してもらい、今度は尺八のいろいろな奏法も交えながら観察をしてみようということになったのです。この頃には私もあの「モヤモヤ」をなんとか克服すべく、いろいろ奏法や呼吸法への意識を自分なりに変えてみたりして、以前よりは 乙のロが続くようになり音色も締まった音になってきていました。そして札幌の病院で観察をしたときには乙のロの時もしっかりと声門は狭められた状態で鳴ら しているのを確認することが出来たのです。しかし、その時まだ「どのようにしたらそうなるのか」大まかな感覚でしか分かっていませんでした。観察を終えて 瀬川先生がおっしゃるに「ささやき声の時の様子に似ている」とおっしゃいました。これがヒントになりました。「そうか、管楽器の指導法で-歌うように-と良く言うのは実際にささやくように歌っているのだ」と。そしてもう一度よく自分の吹き方を洗い直してみることにしてみたのです。自分が「最高の音色で鳴らしているときのイメージ」で仮想吹奏状態に入ります。身体の息の溜、腹の力を抜かず、そーっと唇を開けていきます。そうするとささやき声で歌っているではないですか。(実際にささやき声のような軽い感じではなく明らかに声門の狭められた狭い隙間から息が漏れ出す音なのです。今では私はこれを「ホワイトヴォイス」と称して生徒の指導に使っています。)この様にして声帯の状態を意識する事が出来るようになりました。しかし、こういうものは自分だけが分かっただ けでは人も納得してはくれませんし、方法論としても説得力がありません。そこで、友人のプロの尺八奏者何人かに実際、仮想吹奏状態で唇を少しづつ開けてみてもらいましたが、なるほど全員ホワイトボイス状態になっており、友人たちもそのような状態で吹奏していたことを初めて認識し、驚いた様子でした。
前出の「漏出量を決定する?(?の意味は後で説明しましょう)「唇」だけでしているのではないのです。」の意味は「息の漏出量を決定しているのは声帯と唇ということになります。ダムで言えば「声帯が第一ダム」「唇が第二ダム」です。そしてこの伴声帯吹奏論を理解するほど呼吸法、唇の作り方、すべて解決できることが分かりました。(98/8/27)
■声帯の謎
「声帯」は声を出す器官であることは誰もがご存じのことと思います。また外部からの異物の進入を防いで気管を守る役目も果たしています。そして管楽器奏者にとって大変重要な息の量のコントロールを行っているというと皆さんは信じますか?「喉は広げるように習ったし、実際常に広げる感覚で吹いているのだからそんなことはあり得ないよ」「息のコントロールは腹式呼吸や息の溜で行っているのだからそんな声帯なんかを広げたり狭くしたりするような感覚は全くない。実際、声帯の動きなんか自覚出来ないじゃあないか。」ゴモットモ・・・・・。では「事実は小説より奇なり」ってほどでもないけれど、ある実験の課程と結果を説明しましょう。(長くなりそうなのでいっぺんには書けないと思います。数年前の邦楽ジャーナル誌でも書いたのですが) 神奈川県大和市に向井将(むかいすすむ)という耳鼻咽喉科の病院を経営する医学博士がいらっしゃいます。この博士は様々な進歩的な研究論文などを発表している方ですが、フルートの吹奏にかけてもプロ並みの腕を持っていらっしゃる方です。今から10年ほど前のある時、向井氏のフルートの師匠(プロで有名な演奏家)が「ヴィブラートは横隔膜を振動させる(振るわせる)。と、どの本にも書いてあるが私は喉でかけているような気がするのだ。一度吹奏中の喉頭をファイバースコープで見ることは出来ないかねェ。」この言葉をきっかけに向井博士と師匠との共同実験が始まりました。そして吹奏中の喉頭の状態は師匠の推理通り喉を開閉して行っていたのでした。しかもその喉と いうのは声帯の部分だったのです。「しかし、わし一人がそうだからといって他の人もそうとはかぎらん。もう少したくさんのデータを集めようじゃないか」そうして何人かの吹奏中の声帯を観察することにしたのです。そしてこの実験を続けるうちに、とんでもないことを発見することに至ったのです。それは吹奏力のある人ほど吹奏時の声帯が(正しくは声門)細く狭められていると言うことでした。「これはヴィブラートどころの話じゃない。初心者からエキスパートまで、そしてありとあらゆる管楽器の奏者を被験者にして研究してみようじゃないか。」そして50人を越すあらゆる管の奏者の喉を調べてデータを集めてみることにしたのです。そして見事に吹奏力と声帯との関係を解きあかしました。その結果とは「管楽器の吹奏において上級者ほど喉は閉じている」というものでした。当 時のある新聞にもその事実がかなり広いスペースを使い報道されました。しかし、この発表に対して業界(管楽器業界)の反応は非常に冷たいものでした。「実 験結果がたとえそうであろうと指導するときはどのように感覚を伝えるかが大事なので、そのような奏者の感覚と逆行するような発表は無意味である。」「知覚 できない器官の話などなんの役にも立たないよ。」「喉を絞めろなんて教える師匠は未だ聞いたことがない」こんな世評からか博士はこの研究は早々に発表をす ると以後あまり積極的に深めていくことはしませんでした。「なぜそうなるのか」「コントロールタワーになっているのはどこの部分なのか」解決できていないことはまだ沢山ありました。しかし、博士自身が味わってしまったあまりに感覚主義で保守的な業界の風当たりに、新たな問題に立ち向かうだけの魅力が無くなったのかも知れません。(98/8/23)
■吹奏時の腹式呼吸と胸式呼吸
尺八(管楽器全般)を吹奏するときの呼吸法として腹式呼吸を使うよう一般に指導されていますが腹式呼吸=「横隔膜の緊張・弛緩の繰り返し」なので、腹式呼吸だけでは肋間筋を使った胸式呼吸が出来ず、充分とは言えません。実際に演奏時の状態を見ると両方使って 吹奏を行っています。では、なぜ腹式・腹式というのでしょうか。それは唇から極めて安定した一定量の呼気を漏出させるために腹圧を上げているのです。この時、胸式のほうで吸った息は溜めるような感覚を保ち、吸気時に使った(緊張させた)肋間筋を緩めないようにし、腹圧だけで息圧を上げるようにします。胸の吸気筋が緩んだ状態はちょうど溜息をつく時が極端な例だと思いますが、吹奏時にはこの様にはしていないはずです。良く言われる「息を溜めるように」はこの吸気筋を緩めないことを言うのです。では横隔膜はただ緩んでいるのかというとそうでもなく、押し上げようとする腹圧に対して一変に緩んでしまわないように緩み具合をコントロールしながらだんだんと元の状態に戻っていくものと考えられます。しかし、息量、息圧のコントロールをこれまで説明した「呼吸筋」「腹筋」そして最終的に息に抵抗を与え、漏出量を決定する?(?の意味は後で説明しましょう)「唇」だけでしているのではないのです。(98/8/19 )
■腹式呼吸と胸式呼吸
呼吸法というと必ず語られるのが「腹式呼吸」「丹田呼吸」です。 私 は「丹田呼吸法」についてはその手の本を拾い読みした程度なのであまりよく分かりませんが、おへその回り(丹田部分)を意識した呼吸法という大まかな捉え方しかしておりません。ここでは丹田呼吸法は出てきませんが管楽器の呼吸法においては腹式呼吸と同じように考えても良いと思います。 呼 吸法には「胸式呼吸」と「腹式呼吸」があります。「胸式呼吸」とは胸部に位置する肋間筋の働きにより行う呼吸を言い、日常の浅い呼吸はもっぱらこの呼吸法を主に使って生活をしています。つまり肋間筋の中の吸気筋が緊張すると胸が持ち上がり胸郭が広がるために肺に外気が流れ込む仕組みです。逆に緩むと息は外に流れ出します。運動をした直後の浅くて速い呼吸などにはこの胸部吸気筋、胸部呼気筋が作用します。 そ してもう一つの呼吸法「腹式呼吸」は胸部と腹部の間を仕切っている横隔膜という筋肉で出来た膜の収縮による呼吸をいいます。この横隔膜は緩んでいるときはお椀を伏せたような状態ですが緊張すると平らになり下方向に下りるため結果的に胸郭が縦長に広がり肺に外気が流れ込んできます。この横隔膜が下がることによりその下に位置する内臓群が圧迫を受けていかにも腹で息を吸っているかのように錯覚をしているのが「腹式呼吸」のことなのです。この横隔膜は吸気の際はその緊張により胸郭を広げることに積極的に関与しますが、呼気の際は積極的には全く関与しません。というのは横隔膜は元のお椀を伏せた形に戻るときは単なる弛緩によって戻るのであって、吸気の時のような筋肉運動はしないのです。つまり強制的な呼気には腹筋が関与しています。しかし腹筋にもいろいろな筋肉があり、詳しい各筋肉の名前については明るくありませんが、大きな声を出すときなどに使っている筋肉を使っているものと思われます。(これは経験的実感です)(98/8/18)