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Memories ここでは日々のなかで気付いたことをなどを載せてゆきます。
2008年 [逗子・葉山へ/「もーあしび」13号]5月7日 ゴールデンウィークは一日だけ、逗子、葉山へ行きました。 やはり車は渋滞しました。横須賀線に乗った途端に大混雑。 逗子駅で迎えに来てくれた親戚の人の車に乗せてもらって、 5人乗りでドライブです。渋滞では冗談ばかり言って乗り越えました。 お魚のおいしいお店になんとか辿りついて、海辺を歩いて、 渋滞意外はのんびりできました。 投稿誌サイトポエニークの 4wheels に詩誌評を書きました。 「もーあしび」13号ができあがりました。 詩、エッセイ、翻訳、短歌、カラー写真、さまざまな表現に 触れられます。今回は鈴木志郎康さんが詩で参加されて ます。新詩集『声の生地』の後の最新作です。 (94ページ頒価500円) 興味をもたれた方、どうぞメールください。 お送り致します。 [藤の花の一房/エッセイ「夢の雫」]
5月1日 ゴールデンウイーク。暑いほどの気温。 公園で藤棚にみごとに藤の花房が下がって、紫に揺れていました。 小島きみ子さんから、おはがきが届きました。 もうすぐ小島きみ子さんの詩集が完成するということです。小島さんは、 詩集の表紙に私の写真を使ってくださるのです。どのような装幀になるのか、 うまくお役にたてるか、気がかりで楽しみです。 ○エッセイをこれから出るサムシングプレス7号のために書きました。 夢の雫 北爪満喜 だいぶむかしのこと。うまく話せないけれど詩でなら書ける、と友達にこたえたら、 本物だ、と呟かれたことがある。本物と言うのは本物の詩人という意味で彼女はいって くれたのだと思う。でも言葉にならないものを言葉にしようと(ぎりぎりで踏ん張った りして)書くのは、考えてみれば、ほんとうに不思議なこと。言い表せない感情や、言 葉以前の感じたことや、言葉にならないもの。そういうものは、うまく言葉で言えない から言い表せないのだ。なのに、いつしかこの身に降り積もったそうした言葉にならな いものから、私は詩を書きたくなる。言葉にできないことなのに、詩の言葉じゃなくて はダメというのは、まるで矛盾しているけれど簡単には言葉にならないからこそ、その わからないもやもやしたものを探り、何処かへ、何かへ届こうとして、詩は現れるよう に思う。 何のために・・・。 生きるために。これがいちばん私の底から起こってくるしょうじきな気持ち。 たとえば悲しみや嫉妬や怒りや憎しみなどの負の感情はない方が楽なのになぜあるのか、 なぜ自分を苦しくさせる負の感情が身体から生み出されるのか。それは、言ってしまえば あっけないけれど負の感情も人が生きてゆくために必要だから備わっているものなのだっ た。意識していなくても、無意識でも、その境あたりでも、体の細胞や脳は、私の知らな いところで、私が眠っていても、生きてゆくためにせいいっぱい動いてくれている。たと えもうダメだと沈んでしまっているときであっても。私は、体というなんとすごい乗り物 に乗っているのだろうと感嘆する。 そして、詩を書いて生きるということには、現実のさまざまな困難や抑圧や苦しみを突 き抜けてゆこうとする、ということがあるように思う。そうすることで、なんらかの可能性 を見いだしてゆけるのではないかと。生きてゆくために、言葉を書きたい、というとき、詩 という形でしか、言葉を探ってゆくという自由でしか、その突き抜けはできないのではない かと私は思う。詩はどんなにあがいてもいいし、踏みとどまって向き合ってゆくこともでき る。そして言葉を探したり、降ってくるものを求めたりしながら進んでゆくと、発見に至る こともある。 詩だったらなんとか書ける、とむかし友達にいった言葉の後には、生きてゆくためにという 言葉が隠れていたのだと、いま実感しはじめている。 ところで、目が覚めてもとても気になる夢をときどき見て、理由はわからないけれど印象 深く、夢のひと雫が消え残ることがある。そんなときには詩の言葉で触れていって、どうし て印象深いのか開いてみたくなる。夢の働きには、昼の情報を整理するだけではなく、自分 の狭い意識を超えて、意識のガードが曖昧になった脳裏へ、何かを受信させている部分があ る。おそらく記憶や更に古層の何処かから永い時間が流れついて私に関わっているのだろう。 そうした遙かな時間から流れつくものがあるなら、その力を借りてみたいと私は願う。わず かでも夢から生きる力を受け取れることができるかもしれない。夢がゆるい自我の統制を通 して、ぼんやりした何かを浮かびあがらせてイメージを私にみせる。もしもそのイメージが 印象深く刻まれるのだったら、目覚めている私によって、詩の言葉で向き合って、もう一度 夢を言葉で生きてみたい。 二回目の詩と写真展に、森ミキエさん。佐伯多美子さん。が来てくださった。 須永紀子さんもイメージフォーラムの会場でお目にかかったとき見に行くと いってくださいました。須永さんのサイト「雨期」の「読書日記」で 感想を書いてくださった。 佐伯多美子さんは、おはがきで感想を下さって帰りの銀座線で詩誌『庭園』 に寄稿した詩「アクア スポット」という私の詩を偶然開かれたようで、 通路で夕焼けや風にのる鳥の写真や言葉をご覧になつたあとで、詩の「ここにも、 風が吹き夕焼けがありました。空がずっと続いているようです。」と お書きくださった。なんとも光栄です。 森ミキエさんはエルメスビルのサラ・ジー展をご覧になったあとで見てくれ ました。ありがとうございました。 [芝のあたり/詩と写真展の感想をいただく]
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4月28日 きのう、きょうと穏やかで、80代半ばの母や90代の義母を 連れて散歩や墓参りにゆくのにはとても都合がよかった。 墓参りの後、義母が東京タワー(!)へ行ってみたいというので、 足を伸ばしてみたけれど、駐車場は長蛇の列でとても待つので入れず、 考えが甘かったと、車の窓から見ただけで帰って来ることに。義母は 土地感があり、この芝のあたりで義母は、昔はね、このあたりは寂しくて カッパが出ると言われたのよ、などとのたまう。 (この風景のなかを走っていて、そうおっしゃいますか) それって何時代? と突っ込みをいれたくなるのをぐっとがまん。 昔からみると全然風景が変わってしまっている今でも、義母はそこを 右に曲がると麻布に出るから曲がって、更級というそば屋 へ行きたい、などと正確な指示をだす。でもけっきょくそこも駐車場 の関係で横目でみてすぎたのでした。あまり距離があると歩けないから しかたないのでした。いろいろと、あれこれと、ぐるぐると疲れた きのうきょうでした。 二回目の詩と写真展に感想をいただきました。ありがとうございました。 岡島弘子さんは今回もいらしてくださった。 「詩「奇跡のために」の(想像して/破って)。力強く心にひびきました。 ここから始まるのですね。すべては。」と詩を受け止めてくださった。 一回目のとき岡島さんは、通路で詩を読んでいると、荷台を押して通る業者さんに はい、そこどいて、と言われてしまったというのに、また来て下さったのでした。 水嶋きょうこさんは、展示が前回と違う印象と、変化に気づいてくれて つぎのような感想をメールをくださった。 「天から舞い降りる光は暖かく水面を町並みを包みこみ、その光のもとに息吹く 人々の気配も感じます。 ぶれるカモメは一瞬一瞬、断片を残しながら永遠へむかおうとしているのでしょうか。 切実に何かを求めるように伸びようとする破れた金網 水面にたゆたいながら、そこに“在る”ことを感じさせるビニール袋 日の光に向かう真っ赤な花弁は、細胞の一つ一つまで何かを求め, 動きだし、光に向かっているようでした。 “在ること”“生きること”への渇望、と喜び。 どこへ行こうとしているのか、 一瞬を切り取りながら(奇跡のために)永遠を呼び込んでいる。 詩と呼応しあい、ビルの隠れた通路は、不思議な空間でした。」 また齊藤恵美子さんもいらしてくれたのでした。 破れて金網の写真について「何か、物語が始まるような・・・。」 と感想をいただきました。 [雫のそら似]
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4月24日 雫のそら似。テーブルの上でも。花の間でも。 大きなひと雫を囲んで集まっているような細かい雫達。円形のリズムが楽しい。 二回目の詩と写真展にはミクシィを通じて知り合った、面識のなかったゆういちさんが 遠くから見にきてくださったのでした。見に来てよかったと思った、と昨日ミクシィに コメントが入っていて励まされました。またデザイナーの広田早智子さんも見てくれて、通路 だからこそ、目を引く言葉の展示は必要だと思うとミクシィの日記に書かれていました。 それから思潮社の高木さんも見にいらしてくださった。ありがとうございました。 (高木さんから、追悼の記事が入ったために現代詩手帖への私の詩と写真の掲載が6月号へ 変更になりましたという連絡をもらいました。ということで今月でなく来月になりました のでお知らせします。) [空き地のひとコマ]
4月23日 ふとヤリタミサコさんのお昼休みに更新が間に合うだろうか。 と。昨日近くの空き地で紋白蝶を目で追いひらひらひらに合わせて 撮ったら撮れなかった数枚の最後に姿が映っていました。 きょうは笹原玉子の短歌 「空函にも天と地がありまんなかは木端微塵がよいかもしれぬ」 (田中宏輔の『The Waste Land.U』より) に出会い、やっぱりいい歌だと懐かしく想いました。この詩集が ヤリタさんの力で出版されたことは私にとっては驚きです。詩集と 人との関係はさまざまな道筋があるのですね。 銀座の二回目の写真展の感想を渡辺めぐみさんからいただく。 とても好きな写真が5つのなかの3つあり「暖かい再生のイメージ を感じました」とありました。また夏木元さんは「金網ネットの破れから 伸びる鉄線の構造が生き物のようで・・不気味な心象風景を呈示 しているように感じました」とありました。 芦田みゆきさんは小学生のお子さんと見てくれて、 「光や風を含んだ詩が、写真という表皮から溢れだすのが見えるようです。」 とメールをくださった。そしてお子さん「が夢中になって見ていて、 全部の写真を自分のケータイで写真に撮り、詩を朗読していましたよ。」 と教えてくれたのでした。ありがとうございました。 写真展二回目は連休明けまで展示しておく予定です。 [塀上の不思議/「モーアシビ」朗読会予告]
4月20日 意味のつかめないものを目にして、どきっとしました。 人の下半身、特に足のあたりがちゃんとあるのに上半身がない。 えっ、どうなってるのと瞬間混乱して、あー、もぬけのから、 と解りました。解れば可笑しい。 干してあるのですね。海から遠いこんな陸の住宅街 にもサーファーの人達はいるのですね。 予告です。 9月15日に「モーアシビ」朗読会を新宿眼科画廊で行います。 4月13日の五十嵐倫子さんの日記より(転載の承諾を得てます) 第2回モーアシビ朗読会を企画中です。 今日はモーアシビメンバーと渋谷で打ち合わせをしてきました。 日程が決定しました! 9月15日(月(祝日)) 場所は前回と同じ、新宿眼科画廊です。 是非いらしてください。手帳に予定メモお願いします! 今回はメンバーの朗読に加えて、展示も企画しています。 展示では私たちモーアシビメンバーの素顔も垣間見られるようなモノ。 そしてご来場いただいた方々にも参加していただいて、 詩人の方にも、あまり詩に触れられていない方にも、 「詩って面白い」「詩っていいもんだなぁ」と思ってもらえるようなモノ。 さらに、詩についてのいろいろな想いを、私たちとご来場いただいた方々みんなで 語り合えるような、そんなイベントにできたらなぁと考えています。 今からとっても楽しみです。ワクワク! 今日は打ち合わせの後で新宿へ移動して、眼科画廊に行ってきました。 会場の予約と、企画のイメージ作り。 それから開催中の展示も面白かったです。 新宿眼科画廊 メモリーズより(2007年10月のモーアシビ朗読会) 去年のモーアシビ朗読会の模様(nontanのブログ) それからモーアシビのご紹介(nontanの感想文) 12号の感想を追加しました。 モーアシビ13号は5月2日の発行です! [翼]
4月12日 隅田川の上を風に乗ってゆくカモメの翼が力強く美しい。 どのくらい飛びつづけるのだろう。何時間も何日も飛び続ける ことはあるのだろうか。 このところ少しづつ鈴木志郎康さんの新詩集『声の生地』を読んでいる。 これまでまったく詩として読んだことのなかった詩人の子供の頃 からの記憶が、傷跡のように戦争体験をともなって現れてきて、 すらすら読めない。何度も涙が出そうになる。そして詩集を閉じる。 詩人のルーツの声の生地に触れるのは、鮮やかで痛い。 なぜ詩は書かれるのか、書くのか、そのことがぐっと迫ってくる。 詩の言葉には解き放つ力がるあるのだ、という重要な点があらためて 強く認識されてくる。 [紀州・熊野へ旅行] 新大阪から特急くろしおに乗り、紀伊半島の南、白浜へ。くろしおの車窓から南紀の海が見えた。
京都から河津聖恵さんと合流して、東京から私と薦田愛さんの3人が白浜駅に着くと、 倉田昌紀さんが待っていてくれた。倉田さんの車で熊野古道の中辺路に沿った国道を行く。 熊野川の支流に沿って道はつづき、と思ったらこの川は富田川だった。どの川も澄んで いて清々しい。山も川も春の色彩に明るく彩られている。
山桜が清楚に咲いている。澄んだ川の水流にさしのられた枝はすずやか。
あたりは春の花々がさまざまに咲いている。つつましい山桜もあれば、 匂い立つような満開の木蓮の里もみえる。
ここは清姫の生誕の地。清姫を祭るお堂があり、桜や椿が咲き乱れている。 静かな地には川の水音だけが響く。
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