五月二日。おまえは逝った。

「よっちゃん…」

促されるままに
黄色く痩せ細った手を握って
呼んだ名前に

「あぁー、はぁー」

酸素吸入器をつけたまま
呻きとも返事ともつかぬ
吐息で
必死に答えたおまえ。

確かに反応したのだ。

「よっちゃん、がんばってよ。」
父が投げかけた言葉。

僕はそんなことは言えなかった。
生来頑張り屋だったおまえだもの
もう充分、癌との戦いはしてきた。

(もう頑張らなくっていいよ…。)

涙が出そうになってきた。

膵臓癌で
余命一年足らず≠ニ診断されてから
はや一年と四カ月にもなる。

「もう、頑張るの止めようかな…」
きっと良くなると信じている幼子達には言えず
最愛の妻だけには漏らした弱音。

悔しすぎる、悔しすぎる!

母や僕たちの前では心配させたくない≠ニ
ずっと痛みを堪えていたことを僕は知っている。
そうして、おまえが弱音を吐いて
おまえの最愛の妻を泣かせたであろうことも。

おまえには何もしてやれなかった。
小さい頃はよくケンカもした。
いつだって僕がおまえを泣かして終わった。

「兄ちゃん、兄ちゃん。」
そのくせ、おまえは
性懲りもなく僕の後をずっとついてきた。

「僕はいつも兄ちゃんと比較されてきた。」
医師として幸せな家庭を築いたおまえが
いつかボソリと言った言葉。

小学校、中学校、高校。
ずっと同じ学校を選んできたおまえ。
中学で僕がブラスバンド部に入ったら
おまえも同じクラブに入る。
高校で僕が理数系を選んだら
おまえも理数系に進む。

二つ違いの弟であるおまえは
必然的に二つ年上の兄である自分と
常に成績では比較され続けてきたのだ。

何につけても自分の方が上でなければ気が済まなかった僕に
「友達はよっちゃんの方が多いね。」
中学時代、母が笑いながらポツリと言った言葉。

「広く浅くと、狭く深くの違いじゃないの。」

その後、友達とも言えないようなクラスメイト達を
取っ替え引っ替え、意識的に家に連れてきて
母に紹介したりした。
でも、おまえの周りにはそれよりも多くの友達がたくさん居て、
おまえは苦もなく、新しい友達を毎日連れて来るのだった。

ギターやトランペットなんかも器用にこなせたのは僕の方だったけど
多分、友達の数だけは、おまえにはずっと勝てなかった。

そんなおまえのために
お通夜にも葬式にも
たくさんの友人達が顔を揃えてくれた。

医師という職業柄、癌告知はせざるを得なく
余命一年≠ニいう想像を絶する恐怖。
その恐怖を抱きながらの戦い。

おまえの一年四カ月を僕は忘れない。
五月二日という日を僕は決して忘れない!