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目次
表紙絵●宮本 裕士

今日という日にのっかって●江部 俊夫
道道35号●佐々木 健二
赤のまんまと溝そば●竹内 功
ばあちゃんの写真●竹内 功
地球号●森 公宏
電話●森 公宏
初夢●森 公宏
家●森 公宏
エッセイ
焚き火●佐々木 健二
編集後記●江部 俊夫
同人住所録●


   今日という日にのっかって
         江部 俊夫

今日という日にのっかって
ぼんやりと明日に行く
明日になあればまた
今日となった日にのっかって
ぼんやりと明日に行く

ゆれもしなければ
船腹をたたく音もしない
なんと淋しいことか

子どものころ
幽霊船の話をきいた
音もたてずに
波もたてずに
す−と近ずいてくるという
怖ろしいはなし

今日という日にのっかって
音もなく
波もなく
明日に行く


   道道35号
          佐々木 健二

どこが好きかと聞かれ
やはり「根室」と応えるようになって
ずいぶん 時間が過ぎた
理由はない
ただ ここに来れば
心と体をむしばむ
荒れた血が おとなしくなるのだ
草原を吹く風は ふるさとから吹いてくる
チャチャ岳に吹いていた風だ
原生花園に咲く花の色も同じだ
岬に向かってひたすらアクセルを開ければ
白いベールの中で
今日も霧笛が叫ぶ「返せ」と‥‥


   赤のまんまと溝そば
                     竹内 功
山の頂きと天が一つになって
ここからあふれ出る恵のしずくは渓流となって
幾千の棚田を育て豊年満作は黄金の波となって

天恵地沢の秋をよそに今日も四割の田圃は泣いている。
米の価格を維持するための窮余の一策と押しつけられている。
農民は豊年満作を喜ぶ歌を奪われている。

「赤まんま食いてえ 赤まんま食いてえ」と病床のモリイは泣いた。
父親は庄屋のあずきと米を掠めて炊いた赤まんまで娘の命を拾った。
元気になったモリイは喜んで「赤まんま食べた 赤まんま食べた」 
と歌ったためにその父は役人に捕らえられ橋の人柱にさせられた。
モリイは唖になって野をさまよい人の涙をさそった。

今日も喜びの歌を奪われた棚田いっぱいに揺れている赤のまんま。
黄金の波のまぼろしに包まれて揺れる田圃一面を這う赤い穂波。
脛に届かぬほどの丈に米粒にもおよばぬ可憐な粒々の花。
かなしみをこらえ抜き生きている人々の呼び名ではないイヌタデ。

この赤い穂波は嫌いだとつぶやく人の足元にもつれる赤のまんま。
昔は田畑の溝にひっそりと人に嫌われず小さく群れて咲いていた溝そば。
今はたで科の赤と白が競い合い群がり咲いて
豊年満作の歌の聞こえない秋の棚田を占領している。


                    赤のまんま==イヌタデ==たで科
                    溝そば==うしのひたい==たで科
                    モリイ==松谷みよ子著「おしになった娘」の主人公。




   ばあちゃんの写真
                   竹内 功
「今年の運動会が最後だね」
八十六のばあちゃんが運動会の朝ご飯の時につぶやいた。
百二十年つづいたぼくらの学校。
最後の六年生はぼく一人。
最後の二年生は妹と太郎ちゃんとの二人。

来年の春からは中学生のぼくと
小学三年生の妹と太郎は川下の町へバスで通う。
学校のずっと下を通る川沿いの国道。
トンネルが抜けて道も広くカーブも減った。
町の仕事場へ父ちゃんは軽四トラックで二十分で行く。

渡し船が沈下橋になり
囲炉裏が消えて電気炬燵や石油ストーブになり
公衆電話が携帯電話になり
バイクが四輪になり
学校はどんどんさびれていった。

土曜日に校長先生が大きな額縁の写真を持ってきた。
運動会でばあちゃんと妹がおじゃみをしているのだ。
父ちゃんと母ちゃんはどこへ掛けようかと困っていたら
ばあちゃんがじいちゃんの横の昭和天皇夫婦の写真を指さして
「あれを除けて じいちゃんの横へ掛けて」と言った。


   地球号
          森 公宏

百年前、千年前
やっぱり地球は同じ夜明けを迎えたのだろうか?

まさに今、新たな世紀の中に
僕らは放り込まれようとしている

ゆっくりと
しかも、着実な動作で…

地球号。

何十億の人類、無数の生命体を乗せ
宇宙船は旅を続ける

行く先も分からないまま
自然法則≠ニいうプログラムによる自動操縦

退屈なほど同じ繰り返しなんだ!

でも、もうそろそろ…

この宇宙船は船内から
ゆっくりと壊れていっている


   電話
          森 公宏

先月の君からの電話
返す返すも悔やまれる

忙しさにかまけて
君に電話をかけ損なったこと

(あれは君の最期の挨拶じゃなかったんだろうか?)

今思ってみれば
君は

二十五年という
短い時間を

精一杯の足取りで
懸命に駆け抜けていったんだね

絵が好きで
詩が好きで

喋った後いつも
にっこりと笑うのが癖で…

今更何を言ってみたって
君は何も語ってはくれない

これからの僕は
君の残した
決して解けないミステリー≠抱え
生きて行くことになってしまった


   初夢
          森 公宏

今まで夢らしい夢を覚えていないから
自分にとっては今日が初夢

一昨年亡くなった弟の夢だった

今まで出されたコンピューターに関する半年分の問題を
お前はコンテストがあるから私に解いてくれとせがむのだった

努力家だったお前
「いいけど、できるのか?」

何が目的のコンテストかも分からないまま
私はそれでも

(お前なら大丈夫だろう)という気がして
解答を作る気になっていた

『努力も立派な才能』

何年か教鞭を執ってきて
頓にそう思う

努力によって道を切り開いてきたお前を
私は誇りに思っている

いつしか枕は
涙で濡れていた

医師として志半ばにして
病魔に倒れたお前の無念を思うとき

(あいつの分も自分が頑張らねば…)
という気になるのだ

幸いなことにお前をこの世に
もたらしてくれた人たちはまだ健在で

私が今できることと言えば
お前の分まで孝行をすること位だろう

いつもお前のことを思うとき
私はやさしい気持ちになれる…


   家
          森 公宏

いろいろ転々としては来たけれど
この家で一番長い時間を過ごしてきた

僕らが兄弟として時空を共有したところ

最初に家が死んだ
(火災で全焼)

次はおまえだった

おまえは素早く駆け抜けていったけれど
僕にはもう少し時間が残っているようだ

新世紀!
これからは自分のために生きてみようかと思う


   焚き火
          佐々木 健二

 最近、趣味の焚き火に熱が入って来た。寒くなって来たせいもあるが、海に山に積極的に出かけては焚き火をする。キャンプをする時は、大自然の真っ暗闇の中でこれほど心強いものはない。ましてこれからの季節は、寒さからも守ってくれるしありがたい。
 私は冬でもキャンプをする。むしろ夏場よりも虫などがいなくて快適だ。これはライダーの間では別に珍しいことではない。寝袋から顔だけ出して見上げる星空は美しすぎる。寒いからと言って暖かい室内に閉じこもっていたら、せっかくの美しい景色を見逃してしまうのも事実だ。一泊できない日も昼間、近くの河原などへ出かけて焚き火をする。ついでに周囲のゴミもかきあつめて燃やしているが、それにしてもそのゴミの多いことよ‥‥。 大自然と親しむことは、大いにけっこうだがゴミは持ち帰りましょう。あたりまえのことだがそれが実行されてない。よく行く近くの河原は枯れ草の間を野鳥が飛び交い、遠くにはコバルトブルーの空を映して清流が流れている。ところが足元を見ればゴミの山、雑誌やら菓子の空き箱、空きカン、空きビンと数えれば果てがない。まっ、燃えるゴミはありがたく焚き火の道具に使わせてもらっているが、カンやビン類はかんべんしてもらいたい。
 公園やキャンプ場も冬場はガランとして貸し切り状態だ。しかし、こういう所は直火を禁止されているので、こんな時の為には金属製の焚き火セットが市販されているので便利だ。夏の残り物の炭も大いに役に立つ。値段も安いし、いったん火がつけば長くあったまる。ただし、種火から炭にまで火がつくのに少々時間がかかるが、それも又楽しみのひとつだ‥‥。めんどうなら固形やゼリー状の着火剤も売っているので利用したらいい。ライダーの中には焚き火を趣味とする者が多い。キャンプをしながら旅をする時にはゼッタイ必要だ。賢い者は火をつけるのも上手と言うが、だとすると最近少しかしこくなったかもしれない。もう何年も焚き火をしながら旅を続けているから‥‥。


   編集後記

 詩を創るのに上手になりたくない。うまいなあとおもわれるものを創りたくない。そうなったら、もう、おしまいと思っている。
うまいということを変えると、型を持ち、手なれているということである。それは、思考とか、感覚がパターン化されていることであろう。
 これでは、新しいことを見つけていくことも、新しいものを創り出していくこともできがたい。今日、創った作品と、明日創る作品とあまり違わないものになろう。慣れない、型を持たない、それを願っている。
 海流三三号の合評会で、若い人をまじえて話し合ったが、若い人の感性には、みずみずしさと、しなやかさがあると感じ、教えられた。感覚が鋭いだけでは、どうも、駄目なように思う。
          (江部)