針
          宮本 泰子

時計の針が午後十時を回った
そろそろ寝なくてはと思いながら
あと二枚だからとキルトを縫う
指を休めた時
短くなった糸から針が抜けた
しばたく目で辺りを探す
畳の間や
パジャマを替えて
グシャグシャと掴んでみる
もしかして針山に戻したのではと
一本一本見る
赤や青の待ち針も
つむぎぬいも
大ぐけも
口を揃えて
「帰っていないよ」と言っている
私の探す金耳の小もめん
どこへ行っちゃったの
神隠しに会った様に見つからない
行方不明の針の捜索を諦めて
もう寝なくてはと
縫いかけのキルトを針箱に収める

翌朝 針山の横で
金耳の小もめんが見つかった




   母
         宮本 泰子

化粧をしない母の匂いは
料理の匂い
毛糸の匂い
石鹸の匂い
みんな一緒に染み込んだ匂い
母の匂いはもう消えた

母は何時も優しかった
私は母に一度も叱られた記憶がない
その母に
私は時々しか優しくしてやれなかった

母は温かかった
大きな風呂敷の様に
私達を優しく包み込んでくれた
家を飛び出して帰った時も
黙って迎えてくれた母

幾つになっても母は母
世界中でたった一人の母
母は丈夫な身体と
器用な手を私にくれた



   蛍
         森 公宏

無抵抗なまま
生きられない環境に
追いやられてしまうものたち

蛍。

きれいにコンクリートでコートされた川には
次の年から彼らの姿は見られなくなってしまう

(人のために犠牲になる生物の
なんと多いこと!)

だが、密やかに、まだ
彼らの住める川があったのだ

不思議な川だ。

真っ暗な空中に
光玉が乱舞し
川面に滲む光

ちょろちょろと
絶え間なく続く水音

僕の周りで厳かな時が過ぎていく



   ?
         森 公宏

銀色の?=iクエスチョンマーク)

自分が小学校低学年だった頃
まだ、銀色のクレヨンが珍しくって
それを持っていた友達がうらやましくって仕方なかった

そんなとき、確か道端で銀色のクレヨンを拾い
うれしくて、うれしくて
何かを書かずには居られなかった

そこでガラス戸の一枚の磨りガラスに
自分が覚えたばかりの?≠書いた

もう四十年ほど経つのに、まだそれが残っている

祖父の家が土佐山田町の中町にあった頃の話だが、
旭町に移った後も同じガラスが新しい家に使われていた
(そのころのガラスは同じような規格で、結構高いものだったのだろう)

僕は何年かぶりに、当時の友人に会ったような思いに駆られる
「やあ、元気だった?」