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詩集4


 

   出会い
           宮本 泰子

あなたとの出会いは
驚きと苦悩でした
かわす事の出来ない運命
あなたの盛り上がった足が
私の脳裏から離れなくなりました

それでもあなたは屈託なく
沢山の友達を作り
多くの人に愛されましたね
まるで天使のように

病める人を救う為に
働いたあなたは
次第に私から遠ざかって
高く高く昇って
見えなくなってしまいました

あなたとの出会いは
私の人生に生きる力と
誇りを残してくれました


 

   牛の沢庵
           宮本 泰子

鏡キクは牛を見たさに
「牛の沢庵買いに行こう」と
母にせがんだ
母は生まれて四カ月の妹を背負い
日傘をさして三歳の妹の手を引いた
母と一緒に歩くキクの心は弾んでいた

町を抜けて田舎道を行くと
バスが土煙をあげて通り過ぎる
やがて一軒の農家に着いた
土間の四斗樽から糠を扱いて
新聞紙に包んでくれた沢庵は
皺皺だった

農家の横に放牧された五頭の牛が
珍しくてキクはじっと見つめていた
近寄って来た茶色の牛は山の様に見えた
触って見たかったが怖かった

夕食に沢庵を音を立てて食べていた両親が
「やっぱり美味しいね」と言った


 

   横浜
           宮本 泰子

私の故郷横浜
幼い頃は横浜も幼かった
家の横には沼が有り葦が生い茂り
鴨が飛来していた

一銭を持って買いに行った駄菓子屋
煮豆や鯣の佃煮を買いに行かされた乾物屋は
何処へ行ってしまったのだろう
毎朝富士山を眺めながら歩いた通学路
舗装されていない道路を
冬は霜柱を踏みつぶして通った日

山下公園を運動場にして走った青春時代
本牧通りは魚の臭いがした

そんな横浜へ私は帰りたい


 

   岐路
           森 公宏

僕は僕で
それなりの人生を送ってきた

今まさに人生の岐路にいる

そんなに波瀾万丈の人生とは言えないけど
そんなに平坦な人生とも言えない
(多分標準サイズ)

問題は自分自身が満足しているかどうか

今は満足しているとは言い難いが
それなりに納得のいく人生だと思っている

いや『思うことにしている』と
言った方が良いかもしれない

幸せ?

それは原理的にあり得ないけど
不幸せな訳でもない

僕は僕で
それなりの人生を送ってきた

今まさに人生の岐路にいるんだ

君も人生の岐路にいるんだろ?
君には幸せな人生を送って欲しい


 

   
           森 公宏

食べるのって
何でこんなに
楽しいんだろう?

「食は文化だ!」と言った人が居る
『食文化』という言葉さえある

でも一人で食べる食事は
何となく味気ない

たとえどんなに高価な食材で
一流の料理人が
手間暇かけて作った高級料理だとしても
たった一切れのたくあんに
かなわないことだってある

周りの場の雰囲気によって
人の味覚は左右され得るのだ

でもどんなに御託を並べたって
背に腹は変えられないから
今日も僕は
君の帰りを待ちきれずに
一人で酒を煽っている


 

   ある昼下がり
           森 公宏

幼い頃の夏を思い出す味
麦茶
人は懐かしい味に巡りあったとき
しばし幸せな気分に浸れる
子供の頃喉を流れ落ちた味が
口の中いっぱいに広がった

夏!


 



編集後記(美しい日本語の宝石箱)

 どこの言葉でも、言葉は時代によって移り変わっていくものである。それは、時代によって人々の生活形態や文化が変化することからも当然のことだし、時代の一世を風靡する流行語の数々が、数年後にはほとんどが死語と化することからも、容易に推察される。現在私たちが使っている言葉のほとんどは、幾世代もの人々によって『この表現を使いたい』と思われ、使われてきた言葉たちなのだ。単に奇を衒っただけの斬新な表現は、人々に一時の驚きは与えたとしても、時代を超えて人々を感動させるような普遍的なエネルギーを持つことはまず無い。実験的表現はあくまでも実験であり、成功するより失敗することの方が多いのが常なのだ。
 私は、別に詩人の日本語に於ける実験的表現の手法を否定している訳ではないし、陳腐な表現に拘泥することを推奨している訳でもない。少なくとも、現在我々が日常使っている『生活に根ざした日本語』をベースに、共通の概念を固定できる表現を使い、感動を共有できれば、詩であれ小説であれ、それが最も効率的な表現手法に違いないと考えているだけなのだ。
 直感や主観だけを頼りにした言葉の羅列を、
「これが私の芸術だ!」と居直るようなへっぽこ詩人は、もし、現在受け入れられていたとしても、必ず後世ではでは淘汰されているだろう。私は、平易で美しい日本語のフレーズだけを使って、美しい詩が表現できれば、最高ではないかと思っている。そのためにも、美しい日本語のトレジャーボックスをいつも心の中に保持していたい。そして、それは高価ではないが最高の贅沢だと、私は思っている。
(森 公宏)