同曲異演メニューに戻る


第8回目 ヨッフムのブルックナー・交響曲8番

☆LP時代、ヨッフムが脚光を浴びるようになったのは70年代後半にEMIからブラームス、ベートーベン、ブルックナーの交響曲全集が出てからであった。それはベームが亡くなる前後で、晩年になって渋みが出てきたというより、「長老」のイメージが出始めた頃だったと記憶している。それまでは廉価盤演奏家の中核的存在であったと記憶している。そのヨッフムが早い時期から録音活動をしていたブルックナーの8番を取り上げる。


49/1,2 ハンブルクPO (I:15'06",II:13:56",III:30'36",IV:23'01")
Grammophon POCG-2804/5

65/10 ベルリンPO (I:13'36",II:13'54",III:26'35",IV:19'49")
Grammophon 431 163-2

76/1/13-6 ドレスデン国立O (I:13'53",II:13'53",III:27'22",IV:20'44")
To TOCE7014

82/9/15(L) バンベルクSO (I:15'17",II:14'45",III:27'35",IV:21'54")
SANDANA SACD-142/3

84/9/26(L) コンセルトヘボウO (I:14'53",II:14'19",III:27'53",IV:22'10")
TAHRA TAH-171/4


今、小生の手元に2本のカセット・テープがある。録音日は82年9月15日。曲はブルックナーの8番。NHK-FMで生中継されたヨッフム&バンベルクSOの来日公演である。当時学生であった小生はこの演奏に圧倒的感銘を受けた。以来小生はずっとこのカセットを愛聴し続けてきた。ヨッフムのブルックナーの8番は他にも4種ほどの演奏があったが小生にとってこれを超越する演奏は未だにない。今回、CD-Rによってこの演奏がメディアとして復刻されたので、今回は従来の4種と合わせて5種類の演奏を取り上げた。

1.はヨッフム46歳の時の録音。国内初発売のもので当時の彼の活動拠点であったハンブルクでの録音である。貧弱な録音で聴くブルックナーはしんどいが、録音は予想した以上にいい。ヨッフムはブルックナーに正攻法で誠実に取り組んでいる。ハンブルクPOも好演していて、指揮者と共感を持って演奏しているようだ。当時このような長大な交響曲の録音は珍しかったにちがいないが、一貫して重厚な響きでスケールの大きな音楽像も築きあげているのがすばらしい。第2楽章などは録音のバランスが悪く木管楽器が弦の渦の中へ埋没していまって惜しいが...第3楽章は遅めのテンポで深々と歌われる。終楽章は後年の演奏と基本構造は変わっていないことから早くもヨッフムのアプローチが完成されていたのか。すばらしい熱演ぶり。

2.は初のブルックナー交響曲全集となったもので、1番から9番をベルリンPOとバイエルン放送Oの2つのオーケストラで録音されたもの。8番はベルリンPOとの録音。64年というとカラヤン全盛期の頃である。とにかくベルリンPOは巧いし、よく鳴っている。全体としては節度よく整理された演奏である。しかしこのオケの独特の彫りの浅い、平坦遠浅の響きが問題である。この表面的な演奏でこの長大な曲を終楽章まで通して聴くのははっきり言ってつらかった。またヨッフムのアプローチ自体も他の4つの演奏と比べて徹底されていない。歌が足りなく淡白で、オケに任せてしまっているようなところもある。5種類の中では74分強と全体的に演奏時間も短い。1で聴くことのできた手作りの感触はほとんどない。ヨッフムは同時期にコンセルトヘボウと5番の名演奏をフィリップスにライブ録音しているが、まるで別人のようだ。やはりヨッフムは実演の人なのかもしれない。ヨッフムのブルックナー「第8」の中ではやはり物足りない部類に入る。

3.は2度目の全集の第1弾として発売され、その年のレコードアカデミー賞(小生にとっては当てにならないものであるが...)を受賞した話題盤であった。まず、ドレスデン国立Oの音色がとてもすばらしい。音色という点では世界随一のオケだろう。小生もこのオケの音色が気に入り、ディスクも何枚か所持しているし、私的にディスコグラフィーも作成したりしている。どの楽章も大変シャープで輪郭のはっきりした、実に力強い演奏が繰り広げられている。改めてこのオケの底力を感じる。ヨッフムもベルリンPO盤以上に含蓄のあるブルックナー像を聴かせる。録音時から20年以上たった現在でもトップクラスの演奏であることは間違いないだろう。ただよく鳴っているのだが音質が若干トゲトゲしく録られているのが残念(同コンピの「第5」などはもっとひどかった)。同オケの同時期の他レベルへの録音などもこういう傾向にあったので、これはこのオケの特色であったのだろうか。薄めのトランペットの表面的な最強奏などとても耳につく。

4.中堅オケの印象があるバンベルク交響楽団が熱心に演奏しているのが実によくわかる。手作りの音楽といった趣。もちろん、実演でのアンサンブルのずれなども散見される。しかしそんなことは少しも気にならない。全曲を通して説得力の強さ、堂々とした重厚さと風格を感じさせるからだ。第1楽章の冒頭部からすでにオケがとてもいい音をしている。しっかりとした足取りで進められていく。第2楽章のスケルツォも堂々としていて力強い。第3楽章から第4楽章は圧倒的だ。力強く品のある金管、そしてティンパニが轟く。木管楽器の渋い音色がとてもいい。終結部も従来盤のようにあっさりとやらずに、噛み締めるように終わる。とにかく一音一音をオケがヨッフムに、そしてブルックナーに共感を持って演奏しているのがよくわかる。それにはやはり良質の録音状態も影響しているだろう。上記に書いたように当日の生放送だとしたら、録音媒体を通していないわけである。この演奏は小生が聴いてきた限りヨッフムの最高傑作といえる演奏である。

5.はターラより発売されたヨッフム&コンセルトヘボウOのブルックナー選集からのもの。この録音も貴重なものだ。これまであまり聴かれることのなかったヨッフムの晩年のライブ録音である。このセットには4,6,7,8番が収録されており、別売で最晩年の5番も同レベルで出ている。いずれも必聴の内容である。ヨッフムはコンセルトヘボウOから決して居丈高にならない、天衣無縫とさえいえそうな、柔らかな演奏を出すことに成功している。それは最上質のものであり、この長大な交響曲を知り尽くした大変深い響きがあり、呼吸がある。独特の音楽の深さと、悠然とした演奏ぶりが特徴である。最晩年にバンベルクSOと録音した一連の穏やかな演奏を思い起こさせる。ただ野生味が後退しているので、バンベルクSO盤と比べるともう少し抑揚があってもいいのではないか。スケルツォなどになると上品すぎる面と、終楽章になるとオケがやや遠くなるのが残念だが。最終楽章終結部はバンベルクSO盤と同様。


最後まで読んでいただいてありがとうございました。とにかくバンベルクSO盤!これを実演で聴いた人は本当に幸せな人だと思う。バンベルクSOがこれほどの演奏をするとは...前述のように80年代に入ってからヨッフムはこのオケとモーツァルト・ベートーベン・R.シュトラウスなど数枚の録音を残しているが、どれも老境に入ったヨッフムを思わせる、とても静的で穏やかな演奏であった。またこの後ホルスト・シュタインと来日しブラームスを演奏した時のこのオケはすでにこのテンションはなかった。いわばこれは稀代の名演奏と言っても大袈裟ではないだろう。




メニューに戻る