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第9回目 ワルターのモーツァルト・交響曲38番「プラハ」

☆まだクラシックを聴きはじめの中学生のころ、小生の回りでは「モーツァルトはワルターかベーム」と言われていた。小生にとってワルターは「暖かくて優美」の象徴みたいなものであった。セルやオーマンディが早くも廉価盤化していたCBS SONYのLPで、レギュラー盤のワルター晩年のコロンビアSOを中心とするステレオ録音を聴いて、そしてジャケットのあの神父さんのような達観した表情からそういうイメージが長くあった。晩年のこのイメージとは違う、激しいワルターを聴いたのはホロヴィッツとのブラームス/ピアノ協奏曲第1番が国内盤LPで発売された頃で、その後はいくつか復刻されたライブ録音などを聴いて少しずつイメージが変わってきた。
今回取り上げた「プラハ」は小生はモーツァルトの交響曲の中でも最も好きな曲の一つである。初めて聴いた「プラハ」はベーム&ベルリンPO盤の見開きジャケットのLP。しかし固めの録音とそっけなさから曲自体もあまり好きにはなれず、本格的に惹かれるようになったのは輸入盤で高値で購入したシューリヒトの名演盤だった。ワルター&コロンビアSOの演奏はその後しばらく経ってからであるが、気が付いたら6種類もの演奏が存在していた。


36/12/18 ウィーンPO (I:9'17",II:8':47",III:4'04")
To TOCE-8830

54/2/28(L) ニューヨークPO (I:10'07",II:8'13",III:3'48")
K KICC-2073

54/12/6 ニューヨークPO (I:10'40",II:8'40",III:3'56")
SONY SRCR-1569

55/5/5(L) フランス国立放送O (I:10'21",II:8'32",III:3'48")
K KICC-2220

55/11/6(L) ウィーンPO (I:10'54",II:9'02",III:4'14")
D.Grammophon 435 334-2

59/12/2 コロンビアSO (I:10'47",II:9'00",III:4'06")
SONY SM3K46511


上記のように録音時期は30年代の1.、50年代の2-5のモノ録音、59年のステレオ録音に大別できる。1.3.6はスタジオ録音。その他はすべてライブ録音である。

1.は6種類の中でも戦前の特に古い録音。よって音質は良くはないが、当時のワルターのアプローチはじっくりと聴きとることができる。後年聴くことのできない表情付けなど興味深い。若干ピッチが高めなのが残念だが、序奏部から風のように走る第1楽章は圧巻。演奏時間を比べただけでも圧倒的に速い。これだけ速いテンポで運ばれているのに弾き切ってしまうウィーンPOはすごい。戦前のウィーンPOは巧かったんだナーと感心してしまう。ワルターの特徴は早いテンポの中にもエッセンスはこぼさないことだ。第2楽章は貧しい音ながらウィーンPOの美しい管楽器が聴きもの。終楽章は速いテンポながら走り過ぎという印象はなく、オケも無理なく堅実な趣。

2.のニューヨークPOとのライブ録音は1.より18年も経った'54年の録音。ぐっと表情が濃くなっているが、ワルターの情熱がほとばしるような名演奏が繰り広げられている。強奏部などは無造作とも思えるくらいであるが、出色は第2楽章。まるで夕暮れの祈りのような演奏にうっとりしてしまった。念入りともいえる後年のスタジオ録音からも得ることのできなかった見事な表現力がここにある。ほとんど全力で走り切る終楽章が圧巻。

3.は95年になって初復刻のスタジオ録音。構えが大きく冒頭部から分厚いオケでよく鳴っているのが特徴だが、ライブ録音に比べると穏やかなまとまりを見せている。より濃厚な表情付けなどがあるが、決していやらしさがないのがワルターらしい。テンポも落ち着いており、後年のコロンビアSOとのステレオ録音を予感させるような演奏。ライブでは情熱的な面を見せていたワルターであるが、'54年12月ですでに後年の表情を醸し出しているのが興味深い。

4.はLP時代に当時確か6枚組で復刻されたフランス国立放送Oとのライブ録音の一つ。アプローチは2.と似ているが、オケの影響もあってか、2.を聴いた後では表情は幾分あっさりしているようにも思える。しかしこちらもなかなかの名演奏だ。例によって無造作なくらいのアンサンブルから、実に見事な推進力を引き出していて、説得力がある。独特な語り口を持った、爽快な要素を持った演奏である。

5.のウィーンPOとの録音はウィーンPOの150年記念シリーズとしてカップリングのマーラーの交響曲第4番とともにグラモフォンから初復刻されたもの。ここでのワルターはオケのあくまで自発的な表現力に任せているかのようだ。やはりこのウィーンPOはワルターにとっては特別であったのだろうか。ニューヨークPOほど入れ込まなくても充分成果が出せると信じているかのようである。他の演奏より表情は淡く、テンポも控え気味である。激しさもあったニューヨークPOやフランス国立放送Oとのライブに比べて柔和な演奏ぶりで演奏時間も少差ながら最も長いものになっている。気心知れた旧友と出会って精神的余裕を感じている、この巨匠の安らぎの時間という趣。

6.コロンビアSOとのステレオ録音は晩年のワルターらしい、温かさの感じられる演奏で、1.から順番に聴いてくると当然のことながらまず音質が格段に向上している。すみずみまで広がる厚いオケの響き。40年前の録音とはとても思えないほどだ。演奏そのものはスリリングさはぐっと後退してしまったが、その分安心感を持って聴くことができる。テンポも安定し、確信に満ちている。スタンダードな名盤である。小生は晩年の後期6大交響曲集の中では最も覇気のある演奏に入ると思うのだが。


平均23-4分のワルターの「プラハ」。6種類の同曲異演も飽きずに聴くことができた。各楽章の反復が常識となった現在、新録音で聴くと30分は軽く超えるようになり、聴く方も以前より負担が重くなったような気がするが、ここで聴くことのできる演奏はどれも短い時間の中に凝縮された結晶体である。レヴァインやアーノンクール、古楽器などの演奏もいいが、やはりワルターのモーツァルトも聴くと安心してしまうのである。




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