Tony Mills (SHY / SIAM)
1.SHYのニュー・アルバムは本当に素晴らしいです。個人的には昨年のNO.1アルバムに選んでいます。非常にパワフルでメロディアス度が高かったですが、あなた自身はどのように思われてますか?アルバムを作るときやどんな曲を書いているときも、俺は集中して作ってるんだ。歌詞に書いてあることを描写できなければ、俺にとっては意味の無いことなんだ。ほとんどの曲が実際に起きたことについて書かれている。たとえば"COMMUNICATE"は、シンシナティに住む二人が竜巻の被害を受けて御互いに連絡を取った話。俺はそのときホテルにいて、とてもびくびくして恐ろしかったんだ。この曲は5年ほど前に書いたんだけど、奇妙なことに俺は彼らが再び連絡を取ったのかも知らないんだ。とにかく、真実を解釈させるためにも歌詞を書くことが重要だろう? 2.今回のレコーディングはどのようなアプローチで望んだんですか?前作とは違った感じになったのは驚きで、初期の頃のSHYの音楽性に戻ってると思うんですが?その通りだよ。前のアルバムは古い曲の編集で、何曲かは再録音したけど古い曲は古い曲だからね。「UNFINISHED BUSINESS」は紆余曲折があって、曲を書くのも難しかった。ほとんどの曲をレコーディングの現場で書いてたんだ。歌詞を書き終える前に、バンドはスタジオでバッキング・トラックのレコーディングをはじめてた。だから、ギター・パターンがレコーディングされるのを見ながら歌詞を考えたり、何を題材にして唄うかを考えるよりも、最高のレコーディングができるかということを心配して、多くの時間を費やしたんだ。その結果、アルバムは2倍か3倍の時間も掛かってしまった。その上、キーボードのPADDY McKENNAが録音をはじめたが、ミックス作業の時にはPADDYは自分にあった別のプロジェクトをはじめるためにバンドを去りました。それと、新しいドラマーを雇いました、さらに多くの新しい要素も加わったんだ。3.レコーディングには決まったプランや、アルバムのテーマなどは設定されるのですか?多くのデビュー前のバンドは、曲は長年書き溜めた仕事の結果である。それは比較的簡単な状況なんだ。SHYのファースト・アルバム「ONCE BITTEN TWICE SHY...」のときは、俺たちは2,3年にわたり曲を書いていた。その後2週間でアルバムのレコーディングをしたんだ。今回は曲を書くのとレコーディングを並行したので、18ヶ月も掛かってしまった。だから状況は環境と同時に変化するんだよ...今回俺たちはニュー・アルバムの曲を書いてあるけど、11月まではスタジオが予約できなかったんだ。そして今度は、1ヶ月ぐらいでレコーディングする予定だよ。まぁ、ごらんの通りわからないけどね。 4.ニュー・アルバムからのお気に入りの曲はなんですか? 俺のお気に入りの曲は"SKYDIVING"だね。(アルバム・タイトルにしたかったんだけど、別のになったね)"NO OTHER WAY"、"COMMUNICATE"、"A CHANGE OF DIRECTION"も気に入ってるよ。 5.バンドのメンバーの音楽的バックグランドはなんですか?どのようにあなた個人やバンドが音楽的才能を開花させたのですか?この質問には何時間もかかるよね。でも、やってみよう。STEVE HARRISに関しては、RANDY RHODES、MICHAEL SCHENKER、BRIAN ROBERTSON、SCOTT GORHAM、ZAKK WYLDE、JEFF BECKといったギタリストの影響を受けている。STEVEは家から出ずに、ほとんどの時間をギターを弾いて過ごしている。それが全て事実なんだ。彼は俺のスタジオでレコーディングしていないときは、自宅のスタジオで新しいギタリストのIAN RICHARDSONと曲を書いてる。STEVEはSHY以外でプレイしたことは無くて、もう20年もこのプロジェクトに関わってるんだ。彼は英国最高のギタリストの一人として、高く評価されてるよ。 IAN RICHARDSONは、90年代に俺のバンドSIAMのギタリストしてデビューした。彼がバー・バンドでギターを弾いているのを俺が見つけてね、バンドはたいしたことなかったが彼のプレイが目立ってたんで、すぐに俺のバンドに入ってもらったよ。彼はSTEVEが弾くようにプレイできるし、今はSHYのパーマネント・メンバーだよ。 ドラマーのBOB RICHARDSはドラムの教師でもあり、何年にも渡ってセッション・プレイヤーとして活躍している。 ROY DAVISは、1985年の「BRAVE THE STORM」からSHYに加入し、それ以前はバーミンガムのいろいろなバンドでプレイしいた。彼が長く関わったバンドは、TROUBLEとかKOREAだね。ROYのお気に入りは、ロックンロールのアーティストが好きだね、ROLLING STONES、MOTT THE HOOPLE、SMALL FACES、BRYAN ADAMS、THE BLACK CROWESなど。彼はソリッドなベース・プレイヤーで、SHYの曲の根本を本当に良く支えてくれる。 6.あなたはヴォーカル・トレーニングを受けてますか?他のメンバーも特別なトレーニングを受けたのでしょうか?20年ぐらい前に俺が住んでいた西中部地方のSOLIHULLというとこで、ANN HARTMANという先生についてクラシックのトレーニングを受けたよ、SHY結成からそんなに経ってない頃だった。当時コンサートの後、のどの回復に時間が掛かってたんで、専門的な先生の下で習うしかなかったんだ。彼女からは正確なペース配分と、限界まで叫ぶより皆に聴こえる範囲で自分のレンジで歌うコツを教えてもらった。俺はまたSOLIHULLで、NEIL MARTINという先生からベース演奏者として読譜を教わった。それとしばらくの間、サキソフォンも習っていた。来年リリース予定のソロ・アルバムには、サキソフォンをプレイする予定になってるよ。 他のメンバーは、独学で特にレッスンを受けてないと思うよ。 7.あなたは80年代初期にSHYがデモテープを作っているときに、オリジナル・メンバーの最後として加入したはずですが、これは正しいでしょうか?俺は1年ぐらいセッション・ヴォーカリストとしてSHYを手伝ってたんだ。当時はORIONというバンドで唄ってたんだ。俺が協力したデモが元で、SHYの契約を得たときにORIONは脱退した。すべてはそこからだったね。 8.SHYはEBONY RECORDSからリリースされ「METAL WARRIOR」というコンピレーション・アルバムに参加したことで、契約をし得て「ONCE BITTEN TWICE SHY...」をリリースしたのですか?そうだよ。俺たちは「METAL WARRIOR」にSHYのファースト・アルバムにも収録されていない何曲かをレコーディングしたんだ。「METAL WARRIOR」でのパフォーマンスを気に入ってくれたDARRYL JOHNSTONEとレコーディングが上手くいって、彼の口ぞえでEBONY RECORDSと正式に契約することになったんだ。しかし、資金的には何の援助も無くて、当時俺たちは契約を破棄したんだ。 9.もし覚えていれば、最初のレコーディングで何か面白いエピソードがあれば聞かせてください。難しいな。今から25年も前の話だよ。俺が最初にレコーディングしたのは、1978年にローカルバンドのベース・プレイヤーだったと思う。今思うと、ひどかったよ。その後、1980年に俺はTHE ANIMALSのCHAS CHANDLERとロンドンのPORTLAND PLACEスタジオでレコーディングもしたよ。短い間にいろんなことがあったが、何があったのかを思い出すのは難しいよ。今は曲を書いて、レコーディングする忙しい毎日なんでね。 10.SHYに加入する前のキャリアを教えてください。
1978年にベース・プレイヤーとしてTHE CRACKED ACTORS、1980年にヴォーカルでOVERDRIVE、1981年にORION、1982年にENIGMAのそれぞれヴォーカル。1983年にTROJANのセッションに参加して、1983年にTROJANがSHYと名前を変えるんだ。 |