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 凹む夏                              川上亜紀 今朝も私は凹んでいて、どの朝も私は凹んでいて、凹んでいた朝の記憶のために、 今朝も私は凹んでいたが、夢の映像だけはデコボコしないで滑らかで他人も美しい 服を着ているし、服を脱いで泳いでいる他人も美しいので、私も凹みながら水に向 かうのに、新しく作ってもらった制服が脱げないので、これでは泳げないし美しく なれないという夢から覚めたはずなのに、新しい制服も悪くはない質感で上等だな どと考えていて、晴れた朝を迎える準備は整わない。 晴れた朝に気づいたのは、変装して誰かに会いに行こうと思って、新しい制服を着 なければいけないような気がしてきて、最後に着た制服は燃やしてしまったので、 昨晩もこの辺りで消防車のサイレンが聞こえたのだと納得して、誰かが親切に新し い制服を作ってくれたのなら、またそれを着てどこかに行って帰ってきて燃やさな いと始末に終えないから、その制服の重さもたまにはここちよいと思うことにした のが今朝だと思ったときで、もうそのときには夢の映像にも似た青い空の下で午後 が過ぎていくところだった。 今朝も私は凹んでいて、毎朝私は凹んでいるのに、秋になってもまだ凹む私が、生 き残って凹み続けているとはとても考えられないのだが、目覚めてみれば、きっと 他人はそれほどに美しくなくて、新しい制服は見つからないのだから、出かけられ はしないのだし、眠っているような昼間の部屋は乾いてけばだっていて、夢の映像 の滑らかさが消えてしまったことが悲しいのか嬉しいのか、雲の影が山の斜面をの ぼっていく光景を思い出していると、窓からの眺めは夕方の公園に続いている。 あまり私が凹むと痛いのではないかと心配して、救急箱から痛みどめを出して枕元 に並べながら、今日も生き残っているのは錯覚かもしれないのに、毎晩そのことを 確認してから眠ることを繰り返していけば、秋になっても私は生きていることにな るのかもしれないけれど、燃やせなかった新しい制服のことなどを思い出すことが あるのかどうかわからないし、まして今朝の凹んだ私のことなんて、何ひとつ覚え ていないに違いないと考えて眠ったという記憶で、また朝を迎えようとしている。