同人誌 Emmett より 詩編3

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アイスミルクティーのお願い

辻 和人

グラスについた水滴とともに
もう一人の気配 がまたツーッと流れ落ちる
(この子を助けて! ここから引っ張り出してあげて!)
でもどうすればいい?どうすれば?


高温の高さに小突かれ ふらふらアイスティーを注文してしまったんだ
「いらっしゃいませ。アイスティーですね、かしこまりました。
レモンになさいますか?ミルクになさいますか?」
「うーーん…じゃミルク」
恐る恐るカプセルをひねるとミルクの白い口が一直線に飛び出していく
かぷっ アイスティーの赤い体を噛んだ
噛まれた所からアイスティーの体、みるみるクリーム色に変わっていった
(ほんとはどっちが良かったの?ミルクとレモンと?)
(どっちでも)
(じゃあどうして ミルクティーに?)
(先に名乗り出たのがミルクティーだった。ところで君は誰だい?)
(それだけ!たったそれだけでどうして弟を見殺しにしたの?)

グラスの表面をツーッと流れる一筋の雫、そのまた表面で気配をちらつかせているのは

(アイスレモンティー!
わたしのせいで生まれることのできなかった、わたしの双子の弟!)

(アイスミルクティー、今更後悔しないでよ
君はすごい勢いでぼくの『うーん…』の空白に食らいついていったんだぜ
『うーん…』の空白の上に二つの半透明な動きがささっと走ったのを覚えてる
一方がまごまごしていたもう片方を突き飛ばし、猛然と空白に食らいついていったんだ
突き飛ばされた方は平べったい形で半透明のまま空白の下に沈み
突き飛ばした方、君は張り切った凹凸も露わに空白を直撃
白い口ぱくぱくさせちゃって。何日も餌をあげていない金魚みたいだった
食いつかれた所からアイスティーの体、みるみる変色して…)
(やめてっ。でも、やっぱりわたし、そんな残酷ないきさつから生まれてきたんだ
ああ、わたしの代わりに弟のアイスレモンティーが目覚めていたら!
弟はね、優しい子だから決して元のティーの色を変えたりしない
アイスティーは痛みもなく弟の鼓動に取り込まれて融合するはず、だった
弟は体内でかちーんと挨拶を交わす氷たちにも視界をいっぱい開いてやり
わたしみたいに白いカーテンの内側に幽閉してしまわず
一緒に外の景色を見て笑いあったに違いないの
なのにわたしはそんな優しい弟を殺してしまった
弟を闇に突き放し、目覚めるや否やアイスティーの喉笛にかぶりついて血を啜り尽くした
ねえツジさん、早くわたしを殺して、そして代わりに弟を蘇らせてやって!)

「失礼しまーす」 こぽこぽ 水を閉じこめた塔を携え
縁の鋭く光るにっこりを顔代わりにかぶった女のコが巡回している
近づいてきた、首を沈めてにっこりをかわそう
うっ、ナイフをシュッと開くように光る縁が急角度で回転する
そのまま刃物の光の楕円形の航跡を残してさっていった
アイスミルクティーの訴えに気を取られているとこちらの身まで危うくなる
ああ、ぼくは何てうかつだったことだろう!
最初からきっぱりどちらかを注文していさえすれば
アイスティーはミルクとレモンに引き裂かれてしまうことなどなかったろうに!
ツーッ 半透明のアイスレモンティーの気配が一際冷たく滴った
(おまえは!)

(ね、え…さん、姉さん
聞こえる? ポク、生まれられ、なかった、アイスレモンティー。

そんなに悲しまないで、ポクは、元気
姉さんの周りでツーッ と滴るしずくの丸いはだをくるくる玉乗りしながら
下降して、は、途切れ、下降して、は、途切れ、しながら
しず、くのはだが映し出すいっぱい、とお話ししてた)
(アイスレモンティー、アイスレモンティー!姉さんだよ
安心して、すぐツジさんがそこから連れ出してくれるからね)
((おいおい、無茶言うな))
(ポク、出られなくていい、生まれ、られ、なくていい、よ
しずくの丸いはだの上くるくる走って走って
くるくる映ったみ、んなとお話してたい、な
それがと、っても、いい気持ちで、み、んながポクの上を
くるくる滑っていくの、いい気持ち、あの、植木鉢の中の
アロエ、さんが水もらって、ない、何日も、だから生まれる前みたいに
もうすぐポクみたいに、なるねっなるよって、そんなお話ししてた
そんな毎秒の生活、ポクいい気持ちで、姉さん
ポクのこと、いいから、そこでクリーム色の体いっぱい泳がせていてね
ポク、姉さんの知らないう、ちに姉さんの体とお話ししてるんだ
ストローちゃ、んが氷た、ちとクリーム色のスカートの中で
かくれ、んぼしてくすくす、くすぐったい、なんて…)

雫がツーッと落ちきってアイスレモンティーの声はすーっと遠のいてしまった
(ね、わかっただろ?アイスレモンティーはいつも君の傍にいるし
雫に映る仲間に囲まれて幸せなんだ、そっとしといてやろうよ)
(…いや!弟が話しかけてくれるまでは弟を感知できないなんて
ツジさん、わたしを助けて!このままだと弟を憎んでしまう
弟は生まれられなかった体を水の雫なんかにそれでもしっかり浮かべ
途切れ途切れしながらもそこに映るみんなと仲良く毎秒の生活を楽しんでいる
ストローも氷もみんなクリーム色の体に支配させ黙り込ませてしまって…
それに…それに何てこと!この冷たいわたしのクリーム色の体が
わたしの知らない間に弟とあんなに楽しくお喋りしてたなんて!
ツジさん、お願い!わたしを弟の許に連れてって
弟と、いえ弟たちと半秒でも楽しく過ごせたらそれでいいの)

どうしようか
このままぼくがアイスミルクティーを飲んでしまったら
アイスミルクティーは一瞬でもアイスレモンティーと邂逅することなく
アイスミルクティーとしての生を全うすることになる
そしてそれがものの道理じゃないかと思うんだけど
あんなふわふわした連中との半端な生を一瞬でも楽しむことが自分の幸せだと
アイスミルクティーは言い切ったんだ
どうしようか…

うっ、ぎらつく光 「失礼致します」・こぽこぽ
水の入った塔を携えにっこりが二度目の巡回にやって来たんだ
うまくよけられるだろうか
頭を沈めようとした時 「失礼致しま…あーっ」 何かが顔を直撃
砕けたグラス、アイスミルクティーが飛び出す
アイスレモンティーのちらつく中空にみるみる流れだしていく

(ね、えさん、ど、うして…)
(ばかね、アイスレモンティー、ただあんたと混ざりたかった、だから来たのよ)

よかった、体が流れ気配になったアイスミルクティー
アイスレモンティーの気配に抱きついてそのままふわふわ噛みつきあっている
砕けたグラスと氷とストローが逆さに初めて自分たちのナマの体を発見して驚いているよ
そろそろお勘定済ませて店をでるか
おや、立てない
ぼくの顔に…細い目、それに吊り上がった唇の両端…にっこりが通過した跡が!
(ツジさん、弟と一緒にさせてくれてほんとうにありがとう
周りがかすんで何も見えないけれどわたしの中を弟の声が
ひゅ、うひゅう飛び、交ってま、す、他のみ、ん、なの声も…あれえ
ツジさん、さっきにっこりにざっくり切り倒されちゃったじゃない覚えてなんの?
まあいいわ、これから半秒の間、みんなで楽しくお喋りして過ごそうよ、ね?)





























































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