今月へ 2003年1月分 [羊のように]1月30日 羊のように 「まるで羊の毛みたいなもじゃもじゃの毛玉をはみ出させ、薄くふくらむ袋が裂けて 枯れた枝についていた。 袋は裂けることで咲く。さけそうな袋の唇が言う。袋が列を作って実ると、ふくらん だパフスリーブが有刺鉄線にひっかかって裂ける。女の子が有刺鉄線の肩になる頃、 袋が咲き、なかから羊の毛玉がはみ出る。黒いいくつもの種をつけて。 羊の毛はきらきら白い。白く光るもじゃもじゃの毛のなかで種が黒い瞳を細め、 流れてくる風の航路をみわけるまでに育つと、羊は一頭づつ巣立って飛び立ってゆく。 風のなかへ羊が一匹、風にのって羊が二匹、風にながれて羊が三匹・・飛び立つ白い毛の 輝きを、うっとりとみおくってゆく空・・・飛んだ羊が軽乗用車になって頭の上に弧を描く、 短いテレビのCMがあった。羊は飛ぶのがあたりまえなのだ。お金が飛んで無くなるように、 植物から出てきた羊は、いつまでも居座っているわけにはいかない。運んでゆかなくては。 種の目の黒いうちにちょうどよい土のベッドに届けなくては。種としてホントの夢をみる 眠りを得られるように。羊は空で白い毛をふわふわと輝かせ夢の輝きを種に暗示し、メーと鳴く。 植物からでた羊のこと葉は、芽ー、かもしれない。種に芽を伸ばすことを暗示させる。」 [雨が降っている]
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1月27日 ぼんやりと思った。雨がふっているのだここは、と。水が落ちている。 見上げると水の粒が冷たい。 [この日のこの赤]
1月25日 午前の光を浴びる八重咲きの椿。寒さのなかで赤が映える。 昔、世界は二つに分かれていました。というコトバを読む。 その二つとは「この世」と「あの世」、here & there。 でもいまは、now hereとno whereが限りなく接近している感 じがする。それは私だけでしょうか。 「影・落ちる」に映画の紹介をいれました。 『オール・アバウト・マイ・マザー』 [影・落ちる]
1月23日 影・落ちる 「『死んでしまったら誰も私のことなんか話さない』という映画のタイトルが 風に飛ばされた洗濯物になってワタシの枝に引っかかった。 こと葉の木であるワタシのどこかで 歩くたびに枝がしなう、暗い揺れにのせられて、映画館へきてしまう。 それはスペイン映画だった。スペイン映画なら見てみたい。『濁った水』は とてもよかった。『オール・アバウト・マイ・マザー』も。 映画館の入り口に大きな文字で『死んでしまったら誰も私のことなんか話さない』 と書かれている前に立ってると、ワタシは枝に引っかかってる洗濯物が下着のよ うな気がしてきて、恥ずかしくて、隠れたくなった。闇に輝くスクリーンでは 狭いアパートで寝たきりの植物人間の闘牛士。彼を看護する妻と義母。 あまりよく覚えてはいないけれど、植物人間の夫を置いて妻はメキシコへ渡ってゆく。 働きひどいめにあい、逃げ帰ってくる。義母がそれを許してやる。受け入れてやる。励ましてやる。 暖かいストーリーだったけれど、見終わってもワタシの枝からは洗濯物がなくならない。 死んでしまったら消えてしまう。なくなる。なーんにも、なくなるから、ナクナルと 言うのだきっと。焦った。死んでしまったら、と考えるとワタシは悔しいという ヤシの木になってしまう。針状の葉先がずたずたにあたりのこと葉を裂いてゆく。 何をしたってさ。何にもならない。尖るワタシ。ワタシの葉。それでも毎日洗濯物 が気付くと枝でゆれるので本を買って読んでみる。 ページをめくって過ごしてゆくと、探求と冒険と自伝の三つが三つ編みのようになってきて、 なくしたことがあってみつめた、「強烈な動機になっている」と影がおおきく落ちて いた。それから「薦めたい」「発想を切り替える」「もう一度考えなおすということ」 明日へつなぐ思考がきて、つなぐ意志が芽吹いていた。何かへ影が実ってゆく。 マイナスはマイナスじゃない。実ってゆく道筋が、ページをめくるごとにワタシを繋いでいった。 ナクナルけれど影が落ち、落ちて誰かの枝に掛かって生きさせる。そういうこともある。 葉が茂り、濃い影になり、なくなったものが実を結ぶ。やわらかい葉が芽吹いてくる。 「発想を切り替える」「考えなおす」明日へ実りたい実はあって。」 (1/25) [子馬とすれ違う]
1月22日 地下鉄の駅をでて、 買い物をして、ビニール袋を下げて家に帰るところだった。 子馬とすれ違った。子馬と!!! 獣はなんてきれいなのだろう。でも都会で馬を飼うって?私には理解できない。 [見送った]
1月21日 バスを乗り越してしまった杖をついたお婆さんが、戻りたいけどバス停はどこかと 私に尋ねてきたので、反対側のあちらにバス停がみえます、そこです、と教える。 足が悪くゆっくり進むのを心配になって目で追うと、信号で止まった車の間を、 横断歩道もないのに横切って向こう岸へ渡っていった。そうですね、歩くのが大変だ もの、信号までわざわざ遠回りは疲れますね。暗い色の服をまとうお年寄りに、私は お願いしたい。目につくように、是非白いものを身に着けて、と。白いマフラーとか、 白い帽子、とか、白いコートとか、白い手袋でもいい。白い手提げ袋でもいい。風景 から浮き上がるように、ドライバーが気付くように。 [のぞきこむ]
1月19日 ぬっとビルをのぞき込む。獣はなんてきれいなのだろう。 3月の花展に先立ち、ギャラリーでトーク&セッションの集まりがあった。 メールマガジン「さがな。」の松本和彦さん、ホームページを見て来てくだ さった大熊良夫さん、ありがとうございました。 北久保まりこさんが、花についてよまれた短歌の解説と朗読。そのあと小柴博昭さ んと友人の二人の合唱。歌は滝廉太郎の「花」と中国語の歌だった。ナマの歌を聴く のはやはりいい、と思った。 私は「ARROWHOTEL5」と「森の香り」を朗読した。来ていた若い人たちは 詩を聴くことは初めてだったらしいけれど、面白かった、よかった、と興味を もってくれたのでほっとした。詩の表現というものが新鮮だったと伺った。 それから(私の郷里が前橋なので)口語自由詩の黎明期にどうして上州の詩人たちが 多いのか話してほしいと、ギャラリーの方からの望まれ、湯浅半月、萩原朔太郎、 山村暮鳥、大手拓次、萩原恭二郎について話した。なぜこうした詩人の排出があったか、 については、当時安中の磯部温泉が文化人、政財界人の別荘地であったことから文化が 入ってきたことについて話した。また安中出身の同志社の設立者、新島襄を通じて、 京都とつながっていたこと。湯浅半月が郷里の先輩の設立した同志社へ入校し、本格的 な新体詩を発表し注目を集めたことなど。大手拓次も安中が郷里だった。そしてまた 当時絹織物が日本の輸出製品の重要なものであったので絹織物が盛んだった上州は活況 を呈し、絹を運ぶ鉄道で横浜とつながり、そのシルクロードから欧米の文化が入ってき ていたことなどが当時の朔太郎や詩人達の背景にあった、ということ。これについて 調べていて、幕末の安中藩主が文化を擁護する屈指の文化大名であったことを知った。 (安中藩主は新島襄に蘭学をすすめ、鎖国であったのに新島襄は日本から脱国し、 アメリカへ留学し、欧州へゆき学んだのだった。)文化を擁護する者の存在の大 きさと新体詩、口語自由詩の関係に驚いた。 [連れて帰った]
1月15日 風邪の咳をこらえながら環状七号線の脇をあるいて少し 遠回りする。明るい花が欲しいと思った。部屋になにか植物 が。道路ぞいの店へゆき、見回すとピンクが飛び込んだ。 どの鉢にしようか、どこ子にしようか。そしてとひつを連 れて帰った。 [松陰神社]
1月10日 吉田松陰が祀られている松陰神社に初詣。明治維新をになった人達が学んだ松下村塾が 境内にある。しばらく街を歩いたら風邪がぶりかえし、夜とてもつらくなってしまった。 まだ風が冷たいのだ。 [なにかひとくち]
1月9日 ちょっとカフェに寄ってカップケーキを食べた。きょうは英会話の個人レッスン をしているカップルがいなくてよかった。どこのシステムだろう。声がすると気に なって落ち着かない。ここでの営業はやめてほしいなぁ。 [急いでいたら]
1月8日 先の葉だけがのこっている。手をふってあげたい。 [ポピー]
1月5日 ポピー 「部屋を出て歩きだすと、目がオレンジに焼き抜かれた。 ふいにオレンジに焼き抜かれ、穴が口の形になって、ポピーとワタシを呼んでいた。 ワタシは口というものに弱い。出たり入ったりしたくなる。するり。口をくぐり抜けると、 クラフトペーパーを花びらの形に切りぬいている日曜日だった。道路沿いの雑貨屋の淵、 オレンジはペーパーフラワーだった。 きれいなオレンジのポピーをつくろう。手芸店にゆくと、細い針金と太い針金、黄色と白の 丸い芯、モスグリーンのペーパーテープが必要だった。15歳のお財布はいそいで開いた。 それください。地味な日曜日。晴れていた。道にころがる石ころだって何かの役にはたって いるさ。15歳。体操部にはいっていた。ワタシは紺のワンピを身に着け放課後の学校の体育館。 平均台で演技の練習。ステップを踏み、爪先を鋭くバランス、ジャンプ、してみても、細すぎ てみためがキレイではなく、棒っきれ、とみんなは言わない。言わなかったけれど親は言った。 クラブ活動のない日にはワンピを洗って、部屋に籠もってポップコーンを食べてから、白いペ ージを開いてみた。何かを開きたかった。とっても。けれどノートを開いても、こと葉はひと ことも口を割らず、木と切れていた。葉の茂りからも。 ジャンプで落ちた。棒がいっぽん。平均台の減点は一点。 でも宙返りのとき時間がとまって衛星のように自転して、ゆっくりと世界が回ったんだ。 「美しき青きドナウ」の曲の宙のなかをゆっくりと、棒っきれと「何か」が回っていた。 ゆっくりと。おおきな。宙のなかで。 日曜日。太い針金に下からテープを巻いてゆく。モスグリーンの茎にする。 モスグリーンの茎の頂き、薄い蝶の羽根のような花びらを数枚まとめてつける。細い針金でくる りと留めると、花びらと茎が繋がれる。継ぎ目が見えなくなるようにまたモスグリーンを巻き付 けゆく。ポピーが一輪、モスグリーンの細い細いまっすぐな棒のいただきで咲いてゆく。 回っていたんだ。ワタシと何か。着地する水面のような世界が。ワタシの宙から見えて離れて 巨大な球面のように回って。」(1/29) [菊のそばから]
1月4日 すこし暖かい一日。本屋さんまででかける。買い忘れていた2003年用の手帳 を買う。魚喃キリコ『strawberry shortcake』と日野啓三短編小説集の文庫本 を買う。そして帰りに洗濯機で洗えるハイネックセーターを買う。 *気になっていること 昨年の12月22日の終わりに詩についての考えを書いた。次のところが気になっている。 "イメージと私との密着がいくらか壊れ、言葉が言葉のイメージを書かれた文字から出すよう になっていている。言葉が言葉の力によっていわばデジタルに引き出される。そんな感覚がある。" 昨年私はいま書いている私の詩について、こう言った。けれど、誤解を招くかもしれない、と思 った。言葉が言葉のイメージを書かれた文字から出す、というときでも、詩に書く言葉は自分の 体を通ったものだということ。それを言っておかなくては、と「空」の詩を書いているとき思っ た。自動的なものとか、あてずっぽうなものでは決してない。詩を書く現場で「書いた言葉」に 躓いて、さらに出会ってその言葉の力を知ってゆく。文字を見て書いていて直ぐくるフィードバ ックを現場の感覚としてデジタルと言った。じっさいこういう言い方しかできないし、よくわか らないから書いているのだけれど。そしてもちろんこれだけではいけない、と思っている。 [百合が咲く]
1月3日 学生の頃、祖母の望みで(月謝を払ってもらって)生け花を 習っていた。ずっと前のことなのに正月の花を生けるときに は今でも役に立つ。ケンザンのあの針の群は見る度にすさまじ いと思う。あれで花の茎をざっくりとやるのだ。花は叫ばな いけれど、人とは違うふうに叫んでいるかも知れない。せめて 固い蕾がちゃんと咲くように霧吹きをする。暮れに生けたとき は蕾だった百合が今夜大きく咲いてくれた。少しほっとする。 きょうは風邪もよくなってきたので母におせち料理を届けに いった。ケアホームはとても暖かく、外に雪がちらついている のが嘘のよう。季節感がわからなくなってしまいそうだ。でも 風邪もひかずに母が元気でいてくれたのでよかった。風邪をひ かなければもっと一緒に過ごしたかった。 [空]
1月1日 空 「いま住んでいる部屋からワタシは繁華街を歩きだす。お店と人と道と車。 少しだけ雑草があるけれど、広い自然はどこにもない。足元を見ながら歩く ワタシは、その朝心ぼそかった。足が浮いてするすると目の前の路地が滑ってゆく。 まるでワタシが滑るみたいに心細く、塀を曲がりながらくねくね路地を辿って 大通りへゆく。と、雨が降った後らしく道がぬかるんで光ってくる。水溜りが ある土の道。土の道になっていた。ガードレールも舗道もない。フスファルト や車や信号や高架橋はどこへいったか。 濡れた土の道には白く水溜まりが光っていて、少しいって目を上げると土は水 辺になっていた。寄せる水を探るように眺めてみると海だった。そこは海辺だ ったのだ。こんな歩いてすぐの所に海があって泣いてしまった。とても遠いと 思っていた。こんなに近くにあったなんて。朝、街は動いてなかった。ワタシ はどうして海が近くに来てくれたのか、わからない。 ワタシは水、と言ってみる。でもワタシは泉、とはなぜか言えない。言ったと したらワタシではない。わき出す水という観念がどうしてかワタシを通らない。 噴水ならばわかるのに、なぜ。噴水が吹き上がるときなら、ワタシは、口から でるときのコトバが澄んで水玉になって散り光る飛沫をみつめてわくわくするのに。 自然じゃなくて人為的で、意志が水を引いてくる。水の通る道を得る。たまも ののような天からの水。それを引く土木工事をする。気合いをいれて土を掘っ て管を測って溝に通し、漏れないように管を繋いで接続して、ワタシは噴水になる。 高く空へ吹きあがる。 心が細くなっていた。心を繋ぐ糸が細い。 ウミガメは海を渡ってきて砂浜に卵を産んでゆく。ウミガメの夜は水際でいっせいに 静かな命を繋ぐ。心の出口の細い人が噴水になったりするのだろうか。細い口か ら立ち上がる水。天に昇ってゆこうとする水。噴水の水。吹き上がる水。吹き上 がる水は立っている女神の像を滑って落ちる。流れるような肩に弾けて女神の衣 に添って走ると、私を滑って降りなさい。急ぎ天へゆかずとも、海まで流れてゆ きなさい。と衣の襞に告げられた。 海の女神だったのだ。 朝に、ワタシは海にいた。海が近くにきてくれた。昼になり見えなくなったとしても。」(1/10)