今月へ

[水玉模様]

12月31日
 今年もご訪問ありがとうございました。5年目間続けてきたことになります。
よくあきもせず、いまだにサイトを続けることが好きだと感じる自分におどろき
ます。詩を書くことにはいまだに魅せられているし、デジタル写真も興味が尽き
ません。というわけですので、これからも、不定期でマイペースに更新してゆこ
うと思います。私のサイトに参加してくださった皆様、いつもクリックして伴走
してくださった皆様、ありがとうございました。
 どうぞ良いお年をお迎え下さい!!!




[洗い立て]


12月27日
 とてもひさしぶりに部屋のカーテンを洗う。部屋がまた優しくなったように感じる。
夕暮れ、暗くなってきたころカーテンを引いて照明をつけると、なぜかほっとする。

 洗い立てのカーテンを、洗濯機からだしてそのまま掛けて乾かしてしまうという裏技は
クリーニング店の人から教わった。

[照明恐竜]


12月24日
 朝になるとしずかに、持ち場を離れるのですね。
 消える。どこかへ歩いて行ってしまう、その姿をみた人はまだいない


[靴跡]


12月23日
 地下鉄ホームへ降りる足は忙しい。夜の階段に落ちたバラは、無数の靴に踏まれていた。
朝には清掃の人に掃かれてゆくだろう。「ひかれもののぺっちゃんこ」伊藤聚さんの詩の
フレーズを思いだす。いらないところで花束から抜け出して、ぺっちゃんこになっている
この花みたいな時が、きっと誰にもあるのだと思う。そうしたことも、愛をもって伊藤さん
のように言葉にしてゆけたらいい。





[昼のいちばん短い日の夕暮れ]


12月22日
 田園都市線の二子玉川のプラットホーム。駅員さんは後ろ姿で電車の調教を印象づける。


[ススメ]


12月21日
 上を向いて信号をみる。やはりススメのときがいい。


[黄色い液体]


12月19日
 どうも黄色が目に飛び込む。黄色いビニール袋がバイクの荷台にくくりつけられて
いたり、黄色いトラフィックコーンが置いてあったり黄色いバイクや黄色い自転車、
黄色い24時間営業の看板。歩いていると通り過ぎる荷台には黄色い液体がゆれてい
る。黄色いクロッカスの詩を書いたけれど、クロッカスの影がふわふわ脳のなかを漂
っているのかもしれない。シャガールの漂う動物たちのように。

[窓辺]


12月17日
 ドトールで一休み。冬の窓辺を明るくしている黄色。
 暖かみのある黄色やオレンジにほっとする。

 ジェーン・カンピオンの映画「エンジェル・アット・マイ・テーブル」は
とてもいい。「ピアノ・レッスン」も感動作だったけれど、カンピオンの
持ち味がもっとも良くでているのは「エンジェル・アット・マイ・テーブル」。
第二次世界大戦のころ。ニュージーランドの特異な作家ジャネット・フレイム
の少女から青春までの数奇な運命を繊細な少女の心によりそって描ききった傑作。
彼女がひそかに詩人になる決心をしてゆくところが、胸を打つ。内気な少女が、
内気なゆえに社交性に欠け、周囲の無理解により精神病院の過酷な生活をしいら
れる。けれどその間に苦闘しながら書いた短編小説が文学賞を受賞して、病院を
出られることになる。この映画には、どんなに苦しいことがあってもあきらめな
いでほしい、きっと力を貸して支えてくれる人がいるから、というメッセージが
こめられている。私がカンピオンをすきになったのはこの映画をみてからだった。
もうすぐDVDででます。


[並木]


12月13日
 黄色い炎になって流れてしまう木もある。だから秋は空がますます水の色なり澄んでゆく。

[詩・ベランダ]



 ベランダ

 晴れた朝、自転車で駅までの道をひた走る。ハンドルをぎゅっと握り締め、
前屈みになって勢いをつけ、交差点に灯っている黄色をすれすれで渡りきる。
きょうも焦って走っていたのに、交差点を渡る手前で、ちらりとベランダが
気になった目に、ぱっと黄色い花が飛び込み、急にペダルの足の力が、関節
からふわっと抜け出てしまった。ベランダに黄色い花がある。気を取られると、
スピードが落ち、そのままベランダに近づいた自転車がふいに止まってしまっ
た。力はふわっと丸い煙でペダルの足から抜け出すと花の間を流だす。
 空回りしはじめたチェーンの音がカタタタチッチッチッと耳に響いて、ペダル
に足を乗せているとチェーンが金属のカタカナで何か話しているようだった。
 花に何か話している。あわい香りの黄色い花に「明ケガタノ月ニ星ガポツポツ
輝イテイル匂イガスルネ」とカタカナの音がやってきて、それは、あなたがと
てもすき、と花に言うつもりの遠回りだと、止まったペダルの足が気付いた。
サドルの上に乗ったワタシは片足を道につけたまま、咲いているベランダの花
を見る。黄色い花、あれはクロッカス。クロッカスは何か言うのだろうか。
 風がきて、ベランダの花が揺れだす。
 「ぺらり。めくられていったのはベランダのことです。ゆれる花はベランダに
あり、そこでゆれるのは物語のことです。花は物語の心なので、語ります花が。
クロッカスが。あなたを待っています。わたしの気持ち。待つことは花を咲か
せる時間です。咲いたのがあなたの見るわたしです。見るのがあなた。いつも
見ますか。見あきたら名前をかえてもいいです。わたしはときどき違う花です。
あなたの見ない時間です。じれったい。違う花が棲みます。信じてください。
つづけることは咲いています。回るものはペダルです。ゆくところは一周です。
めくられても戻るのはベランダです。語られているのはあなたです。一周のこ
とがあなたとわたし。」
 クロッカスはなんてすごいのだろうと、ワタシはペダルの足首に少し力が入っ
てしまった。これは歌なんじゃないかと思う。風に揺れながらクロッカスがそっ
と独りで歌っている。チェーンの金属がカタタタタとまたカタカナの響きをたてた。
 「昼ノ空ニモ夜ノ空ニモ星ハイツデモ輝イテイル」昼も夜もベランダであなた
がずっと歌っていたのを知っている。「星座ニナッテ輝イテイタネ」あなたはそ
こに自分がいるのをとても知ってほしかった。「揺レルト黄色イ流レ星ガヤッテ
クル」いるのを知って欲しくて歌った、あなたの願いがよくわかる。「流レ星ガ
ココニ咲イテル」あなたの願いを叶えるために、クロッカスがよく見えるベラン
ダの縁へペダルを止めた。
 チェーンは花の気持ちを渡され、それでペダルを止めたらしい。クロッカスの
物語を、ペダルを止めてワタシに渡した。それではワタシは、誰に渡そう。物語
をどこに繋ごうか。
 しばらくクロッカスを見た。ひと鉢の黄色い花のあるベランダはつよい想いを滲
ませ風が吹くと揺れていた。スピードを落とさず通り過ぎる自転車は、流れるだけ
だった。クロッカスはベランダで、何日かすればしおれるだろう。ワタシはチェー
ンとクロッカスの、響くように刻まれた言葉を忘れないように文字にして、書きと
め、詩を書こうと思った。       (12/14)

 

12月12日
 嵐のように木の枝が揺れる。車は呻りをあげている。なにごともないのに。
 視界のなかを止まったまま車は走ってもいるのだった。
 

[ヒカリの川]


12月10日
 液晶のなかに流れるヒカリ。流れている間、ヒカリのなかに浮かぶ。ヒカリは
軽く遙か。ここにいながらここを離れて流れている。


[斜線ごし]


12月9日
 このごろ、とぎどき食べた餌を吐くけれど、風邪なのですか。

 年末進行。ということで、まずもうすぐ発売のパトリス・ルコント「歓楽通り」をDVDでみる。
本編は90分。でもDVDにはメニューに文字情報やメイキングがあり、こちらの特典映像が50分
もある。見られるのは嬉しいけどよく考えるとこれって仕事量がふえた、ということ。目や頭が
痛くならないように気をつけながらやってゆこう。


[木の花芽]


12月7日
 これから冬本番。でも木の枝はもう芽吹く準備をしている。枝先の尖った芽が葉になる。
枝先が丸いのが花芽。ハナミズキの花。来春はたくさん花が咲きそう。これから寒くなる
けれど、花芽もある。カイロを貼ってでもなんでも、冬をのりきろう。

 『詩学』の一月号に詩と写真が載ります。「回ったら」。
 本屋さんにお寄りになったら、見ていただければうれしいです。


[ハコ型]


12月4日
 きょうは夜、詩の合評会だった。みなさんお忙しいようで三人の会になる。
もう師走なのだと思った。私もしなければいけないことを沢山、積み残した
ままだし、頂いた詩集や歌集のお返事もまんぞくに出していない。じつのと
ころ気持ちばかり焦っている。


[女はみんな生きている]



12月3日
 フランス映画で女性監督。これはフランス判の「テルマ・アンド・ルイーズ」だ
と思った。コメディでサスペンス。どきどきしながら見てしまった。女の友情は脆くない!
というコピーは四人の女囚人がロックバントを組んで脱獄する「バンディツ」というドイツ
映画のものだったけれど、この映画にもぴったり。なかに出てくるノエミは横暴な父親に
結婚というめいもくで高額な結納金と引き替えに、何も知らせずに騙し、アルジェリアの金持ち
に売られそうになった。しかし、船に乗せられる直前で逃げだす。逃げたものの街で飢え、
物乞いしているところをやさしい男に食べ物を食べさせてもらう。寝るところをもらう。
一見ボーイフレンドのように接する男。しかし男は売春組織のしたっぱ。ノエミは組織につれて
行かれてドラッグ漬けにされ売春婦にしたてあげられる。ノエミは非常に賢く、働かせられ
ながらも、ドラッグを飲んだふりをして中毒を脱し、組織から逃げようとする。
 何度も失敗し殴られる蹴られる。最後の失敗のとき、道を逃げてきたノエミが見知らぬ夫婦
の乗る車に助けを求めるが、夫は妻がたすけようとするとドアをロックする。見ている前で
ノエミは殴られ蹴られ瀕死で倒れる。フロントグラスにはノエミの血。夫は車から降りると
ティシュで車を拭く。救急車に連絡しようとする妻の携帯電話を関わるな、と切らせる。
妻は逃げてきた娘のことが気になり、あとで病院を探し出し、瀕死のノエミに付き添いで看病を
始める。妻はわがままな夫と息子と仕事を放り、ノエミの面倒をみる。それから、二人でノエミ
の脱出劇に突入。
 コメディになっていてスピーディーな展開で笑える。笑いながら思った。ノエミは、
『裸のアマン』という、ソマリアからの亡命女性からの聞き書きとされている本にある、
あの少女の告白とそっくりなめにあっていると思う。教育も社会の知識もなく、親の庇護もなく、
社会になげだされ、性的な商品として騙されて売られたり、さんざん危険な目に遭う。
 そんなことが現在のパリを舞台にした映画でなりたつ。そして仕事を持ちながらも家政婦の
ように夫にも息子にも使われて、うんざりしている妻もなりたつ。そういうすっぱ抜くような
映画がコメディで作られたわけで、どんどん見て笑ってしまいたいものだ。




12月2日
 空き地は草にうまっては、草を刈られ剥き出しになる。あの土から引き抜かれた
木は何かの花をさかせていたはず。よくここを通るのに、緑が失われて枯れた木か
らは、何の木だったか見分けられない。道路からはずいぶん高く、胸のあたりに地表
がくる。草の茂っていたとき、ミケと2年ぶりであったのもここ。ミケはまた餌を
食べに私の家へ通ってきている。数日前、ミケの子のクロが目を悪くしていたので
動物病院へつれていった。キャリーケースに入れるのもひと仕事だったが、それから
病院へいって帰ってくるまでクロは休みなく鳴き続けて、私をへとへとにさせた。怖
いのだろうが、こんなに鳴いては体力が消耗してしまう。訴えるように、いやだよ、
怖いよ、やめてよ、と鳴いた。もう6歳半になる。あと何年いっしょにいられるのか
な。

結膜炎だったクロは注射と薬でほぼ快復。でもまだ皮膚病がのこっている。