今月へ 2003年2月分 [横顔で]2月27日 個性かもしれない。椿は横顔で枝に咲く。うつむきながら咲くものも多い。 花展の準備で、目は花へ、植物へと吸いよせられてゆく。3月11日スタート。 文字と写真のプリントのバランスのためにフォトショップと格闘中。 ジャン・ルノアールの「ゲームの規則」完全版がDVDで出る。 「ゲームの規則」は楽しい悲劇。ジャン・ルノアール自身がオクターブという男で 出演している。仮装パーティーでクマのぬいぐるみを来て伯爵の館を歩きまわる。 無邪気に幼なじみの伯爵の妻とおしゃべりをしている。二人は子供どうしにみえる。 また貴族たちが兎や鴨を召使い達に追い立てさせてする狩は、棒で木を叩いて追い 立てるところや、駆けて逃げる兎が撃たれ、痙攣して死ぬところ、猟犬がくわえて くるところをそのまま撮っている。どたばたでありドキュメントであり悲恋であり、 その豊饒さはくだけていて少しもきどっていない。映画史の大傑作、映画史の偉大 な遺産、などとふれこまれると、きまじめなものに思えてしまうけれど、全くもう どたばたすれすれ。それでいて人のこころの描写がこのうえなく繊細にすくい上げ られている。その時代が、大勢の人々の会話や、していることの描写によって厚みを もって出現している。第二次大戦前の、もうすぐくる破壊のほんの手前の、微妙な 空気も発している。 [あか樫の葉]
2月25日 午前の光のなかで。窓ガラスの細かい水滴のむこうがとても遠く感じられる。 [発光している]
2月23日 夜の通りを歩いていたら、明るさに惹きつけられた。酸素の吹き上がる水槽の奥に 水草が発光している。 [窓辺で殖えた花]
2月22日 一月に買ってきた花がたくさん咲く。窓辺で陽差しを受けて咲いたら、 部屋を元気にしてくれた。 ◎吉原幸子さんの歴程の追悼号に、こころを込めて詩を捧げた。 こと葉の森の『幼年連祷』 北爪満喜 一歩づつ躓き 立ち止まった いえ一行づつ動けなくなった 森 幼年連祷 まばらな木々が澄んでいた 繁った森ではないから つよく 光ること葉が 痛い 捕まり 分け入る一足ごとに痛んで 知った 鏡だった こと葉の鏡 まだないこと葉が生えたくて もがいている私の茎が映った 感じていることではちきれそうな 誰にも知らせられない自分 「叫びも 叫びも」「傷 傷」 鏡に射すくめられながら にぎりしめた ヒイラギの枝 「指をけづって」「赤い月」 固く澄んだ棘を もっと つよい反射 「熱がくる」 不眠の湖の瞳の反射 湖は眠ったままでいい 森で 森で眠る湖は命をけっして眠らせない不眠の波立つ瞳だから 波立つ湖の皺は傷 刻まれる そのために二つの目 もう一度こと葉で子供をいきた もう一度ほんとに傷がひらた もう一度会った 時間と ワタシと 「きいろい、 あらしだ、」 「かってに、 とぶんだ」 唇の色に似た火の色の 新芽が樹皮を破るから 遠い日の 失語をワタシも裂いて こと葉を生やす こと葉 飛べ [お別れに行った]
2月17日 さようなら。伯母さん、とお別れをする。小さい頃とても御世話になった大好きだった伯母。 私の一部もこれでお別れなのだと思った。 [咲くのです]
2月13日 宣言するようにしっかり「チューリップ」の文字がたてられている。 なんだか文字移植、みたいだ。土をみると緑の芽が球根から伸びてきて、 葉のかたちをとりはじめ光の中へ。たよりがいのある「チューリップ」 みたいなのが私にもあったらいいのに。 [鋭角もある]
2月10日 自動ドアが開くからなんとなく入ってしまう文房具屋のビル。 きょう、ビルの手前でふと落ちてきた雨をみあげた。鋭く合 わせられた壁とガラスの垂直の崖。いつもこんな崖の間で暮 らしているので、考えも切り立っくるのだろうか。尖らせて いないと安心できないというように、目が引き裂く、コトバ が引き裂く、さまようようなあてどない想いや予感。でも、 尖るビルの眉間の隣で、伸びをするように輝きだす街頭の オレンジの明かりもあって。 [日没のそば]
![]()
2月7 ときどき立ち止まる。何かを見て、また歩く。歩いて壁にぶつかる。 低いのならば飛び超えて、高いのなら回り道をして、歩いてゆく。立ち止まりながら。 ●お知らせ ・「ミッドナイト・プレス」19号 (二月発売) に私の「詩と写真」の作品が掲載されます。 ミッドナイト・プレス ・「ミて」45号 二月号に私の「詩と写真」の作品が二つ掲載されます。 「ミて」は藤井貞和・新井高子・松井茂さんの月一回発行の詩誌です。 お問い合わせ kitazume@yubin.net [路地ノ枝]
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
2月4日 みあげながら。足を止めて。歩く。路地の空を渡る。 [草が光っていて]
2月2日 草が光っていて、花を摘んであそんだ。晴れた日だった。 そのあと雨が降って、また晴れた。草が光っていて、明るい。 樋口えみこさんとメールで話していて、いただいたこと葉。 1月23日の「影・落ちる」の詩のことで。 「サイトで言及されてた映画「死んでしまったら誰も私の ことなんか・・」、私も前にみて、印象に残っています。 意志の強い母親の存在。「魂の自由は自分で守るのよ」という言葉、 私に言われた言葉のように今も心にあります。 」 この「死んでしまったら誰も私のことなんか話さない」は何と監督不明の映画でした。 また闘牛士の妻は、スペインから、アメリカではなくメキシコへ渡ったのでした。 詩を訂正しました。