2011.2
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[詩 12月 君子蘭、牛の庭]


12月 君子蘭、牛の庭   
           


共有していない時間を持ち寄り
12月 鍋の店で食べながら
互いの古いはなしをして   
言葉がゆく 共有していない牛の庭の

「牛って大きいんだってね この机くらい」
「もっとずっと このコーナーくらい」 
鍋のテーブルのコーナーで 広げた片手にレンゲがあった 
大きく 両手を広げて言うと 体の底の堰がきれ
過去との境が がらがらと崩れ 大きな牛が歩いてくる

牛は 大きい すごい こわい
桃色にけぶる れんげ畑が のどかな陽光で広がってゆく

もやる鍋の湯気の奧 
牛舎の太い鎖が外れ 牛が逃げ出すと こわかった
サイロの横をゆっくり通って
納屋の柿の木のそばをかすめて
止めてある私の自転車の前を 父のブルーの軽トラックの脇を
通って もう玄関まできた

玄関に長い鼻面を入れて
父がだいじに育てていた 君子蘭を 花の蕾が六つ七つほころんでいた君主蘭を
えろーんと長い舌で巻き取り ばりっと噛みきって喰ってしまった 
オレンジの花の頭が もうない
父が がっかりする間もなく 牛が庭を回りだす
牛が通りへ出ないように生け垣で両手を広げいてくれ、
父に言われて 震えながら 立っていると 牛が来た
尖った角をこちらに向けて 大きい牛が歩いてくる
近づいてくる 逃げ出したい 両手を広げたまま 後ろ下がり
大きい胴体 尖る角 こわくて逃げ出す寸前に 
父がきて牛の鼻輪を掴んだ

もやる鍋の湯気の横で 
「そんなに牛っておおきいんだ」
頷く私は レンゲを手に"このコーナーくらい"と言った後 まだ何も話してはいなかった