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コーラルサンセット 

                              北爪満喜

片手を耳にあてると
小さい耳だった 
耳を畳んだり弾いたりしているとリスになる
私の掌は耳をまたリスだと思ってゆく

掌はリスのことを知らない
つかのまのリスしか 私もみたことがない
旅先の林の町で芝草や植え込みを縫って走る栗色のものに
気がついて
振り向くともう
栗色は 走って木肌を登っていた

リスのでる映画を覚えている
見たくなってレンタル店へ
探しあてたDVDの棚の一枚を借りてくる
薄く光るDVDを
プレイヤーの中に置く
プラグを差し間違えなにように
テレビへケーブルで繋いでゆく
プラグを差し込んだTV画面は画面が細かな凹凸の編み目で
布のように見えるけれど固く冷たいプラスティック
薄く丸い一枚の回転する澄んだ速さから
リスを呼び出し
映したい

流れる画面の物語では
東欧のその国にとって敵国のロシア人の少年が
ロシア人の母親に捨てられる 
母親が再婚したイギリス人の夫の国へ亡命する都合で
森に暮らすその国の老人のところへ置いてゆかれる
敵国なのに置いてゆかれる
お話を
リモコンを握って忘れ
リスで
一時停止する

ボタンを操作し
陽差しを浴びる
高い針葉樹林の枝で青空に飛び込みそな背中の
くりっとふくらむリスの目を三倍ズームに変えてゆく
リス、リス、リス、とズームしても 
生きたリスではないけれど
がらんとした部屋のテレビ画面に
三倍のリスの目が
澄んでいる 
青空と日光と静かな森を結んでいる
手に載せた
薄いリモコンの
青く小さなボタンを押して
画面のリスを
指先で
スローモーションモードへ乗せる

前足の指が 揺れる枝を しっかりつかんでいるように見えた
澄んだ目が遠い木の枝に 木の実を見つけたように光った
揺れる枝で尾がバランスを取って渡れる幹をパッと示した

私は画面の編み目へ絡み
薄い霧で降るように
画面の森へ紛れてゆく

耳のなかではがらんとした
私の部屋が
旋回し
層になった幾重もの
コーラルサンセットを超えてゆく

夕日のフラッシュでガラスが光り
赤目のラインが螺旋を描く
層になった時間を越えて
部屋が遙かに降りてゆく 
耳の彼方へ降りてゆき
束の間 古い家にある茶の間にぱっと変化した
がらんとした茶の間は テレビを光らせ 
アニメを映し出していた
額に
アンテナのあるあれは
すばやく飛び回る栗色のものは
アニメのなかの
宇宙リス
いつも少年の側にいていつも少年と手を組んでいた

鉛筆が紙に躓くように
宇宙リスが降ってきた
          
夕日が窓をこじあけるだけ 部屋は空だと
思っていた

私は耳から手を離す

手とリモコンは離れている
リモコンとプレイヤーは離れている
ケーブルがなくても繋がって
指先のボタンのタッチから
私とリスは部屋に現れ

生きた ・ 
ではないけれど
青い空と日光と静かな森が繋いでいる
暖かい
・ の サンセット
コーラルサンセットがガラスを滑る