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the mouth of a river / 日日



the mouth of a river


濡れて光リを反射している
汚れた河口のどぶ泥

図書館でみつけた写真集に
反射する泥のさざ波があった
モノクロ写真の波をめくる
沈んで粘る泥の表面が
黒い光の膜でちぢれる

おばあちゃんの手のしわだ
撫でる
写真のページを撫でる
台所の水に手をひたし
何百何万のお茶碗洗ったおばあちゃんの手のしわ
撫でる

帰郷のたびに肩をもみ
背中からおばあちゃんに抱きついた
終わりの頃はちいさくなった鳩胸の着物の薄い厚さ
嫁いで働きづめだった
おばあちゃんの手の甲は傷跡が太く攣っていた
仕事の機械に噛まれた跡がしわを吊って横切っていた

川は
渓谷を谷を裾野を野中を集落を町を街を都市を
流れ
終わりの頃になると
ずっと流れてきて堆積した泥
死骸やなにか
捨てられて腐ったものが発酵し
どぶ泥
この眺めになった

川はさんざん泥を飲まされ
泥を捨てようとあばれると
嵐を捕らえて決壊し
身をうねらせて蛇行を伸ばすと
コンクリートの拘束服で川は抑えられてゆく
護岸工事が施され動けない川にされてゆく
”通リ道ハ横タワッテイレバイイノダ 黙ッテロ”

襲ってくる声を跳ね返す
大地が母という連想は受け入れられない
”土ニシトケバ 土ナラバ 踏ミ荒ラシテモ気ガ咎メナイ”
そう言っている声が聞こえる
踏み荒らしてもいいというのか

  〔水を見送ってゆくしかない、
  〔水が流しきれない重荷を飲まされてそれが堆積に、
  〔堆積が死骸をだいて、どぶ泥、

踏み付けられた母たちが
電話から本からテレビから私の部屋へやってくる
べとべと私へやってくる
こないで 今は
受け入れられない
私の泥を掻きださなくちゃ

写真集 痛い
泥の波
まぶしい銀の泥の波
こころがなければ鼻近付けて悪臭のどぶ泥に向かいあい
写真を撮りつづけることはできない

おばあちゃんのしわが光って
叫びだす
川の
川のどぶ泥
                   初出「イントリーグ」2号


 
 日日 
            

蒸し暑い夏の夕暮れに
金属の階段を降りてゆくと
地下街のレストランの入り口に
楽譜のように広げられた7月のカレンダーが立っていた
四角く並ぶ空欄の窓に空・空・空と書き込まれ
ひと月分の四角い枠に
青のマジックで「空」の一字がずらりと青く並んでいた

すごい、青空がひろがっている、

空空空空空空
空空空空空空
空空空空満空
空空空空空空
空空空

夏ってやっぱり青空だ。

楽しくなってしまっていた
眺めていると
並んだ日々に 一カ所だけある赤い「満」
その文字のために躓くと
どういうことかわかってしまう
店に予約の無いことが
深刻なのだということが

それでも視覚は脱線する
空空空空空空
一つだけある赤い字は
みあげる空の太陽にみえた

青いマジックの「空」の不安を
赤いマジックではねのけ「満」と
書き込んだ店員の手の願い 
マジック 赤でなきゃだめなのだ
盛り立てて明日を呼び込む赤
煮炊きするかまどの熱い赤
湯気のたつ料理のための赤
赤いワインをテーブルの輝くグラスに勧めて回ろう

カレンダーの日日の枠には広々と空が繋がっている

これからくる日をきちんと並べ
大きく紙面を左右に開き立っていたカレンダーの前に立ち
階段を下りた足を止めた
足を止めたことを思った

真夏の光をあびたから
肌が赤くほてっている
赤い細胞が私に並んで
願っている
お水が飲みたい