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 ARROWHOTEL  1         北爪満喜


ここは眠りのなかなのだろうか
それともからだの果てなのだろうか
どこかとても暗いところでワタシはいつも緊張している

どこかとても暗いところでピンスポットのように すこし
起こることを ほんのすこしワタシは教えられてゆく
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知るたびに建物の名のネオンを感じる


ゆっくりと暗いところから明るんでみえだす表示の 2F
二階の長い廊下の果てに
太い緑の矢印が細まりながらカーブして 
階下へ向けて描かれている
いつ誰が描いたのか目覚めたときには矢印は痣のようについていた
建物のうす暗い階段を
のぼり
踊り場を
過ぎ
二階へ
着こうとする者は
鋭い緑の矢印の急カーブして迫ってくる
矢の先端に射られてしまう

吹き抜けの高い窓にある窓枠で感じるようにワタシは
起こることを 教わってゆく    
          
                        
ゆっくりと明るみだしてきたうす暗い階下の廊下から
白く光るサンダルが駆けそびれながらやってくる
痩せている丸い膝は日に焼け 
テニスボールの弾みかた
二階へ のぼっている音だ



        〈ひとりできたけどここはよかった
明日は近くの海岸へでて
誰もいない岩にかけ ずっと波をみていよう
誰もいない太陽の下 ずっと海をみていよう
街のはずれのあちらこちらに荒々しい網が積んである
海底から引き上げられた網
紺碧の冷たい海のうねり
つよい潮の匂いがあふれて 
体がくらくらさせられる それにここはとても熱い
夕暮れになれば青とオレンジ 青とオレンジの透ける日差しが
街を洗いそめぬいてゆく ひなたはオレンジひかげは青
手足まで透けるかと思うほどすっかり空気が澄んでゆく
巨大なシダのように繁った街路樹の広い道を歩くと
まるで熱帯魚になったみたいにいつまでも泳いでいたくなる

ホテルへ戻るのがもったいなかった
けれど ここの夕暮れみたいなきれいな絵ハガキを買えたから
夕日や網のことを書いて誰か友達へ送りたい と
ホテルへ戻ってきたのだった 
左手に数枚の絵ハガキを持ったままみながら階段をのぼっていた
昨日のこと 
誰へ出そうかと思い浮かべて
(誰か…友達へ…うけとってくれる… 誰か送れるような友達…
送っても不自然に思わない… うけとってくれる…誰か…友達…) 
気軽だった足つきで ふっと二階をみあげたら
鋭い緑の矢印に胸を突かれ 凍ってしまった
凍った胸が皹割れる 私は階段でころんでしまった
そのまま目眩にぐるぐると

   左手に いくつもの 糸が吊ってる
      糸をにぎっているの? 私は
     ああ 風船が 浮いているのね
   きいろ みずいろ うすいあかまで
   やさしそう やさしい風船 ほしい
         なんで 指が 尖っているの
       そっと 風船にふれるのに
           みんな 破裂してしまう
    われないで われないで われないで
              われないで 
          いろんな 顔が浮く
    浮く顔が ぜんぶ われてしまう                               

ふかい緑のなかだった にげていた 森のなかで狩られるように
背を低くして走っていた ふるえながら われてゆく風船の音に追われ
走った 頬が枝に打たれつづけた 唇が草に切られてにじんだ
にげてにげてもう音がしなくなるまでにげていた

胸の痛みがひいてゆくと 
階段に倒れたままでいた
両手で手摺りに捕まって
体をたわめて身を起こした
そして
ばらばらに散った絵ハガキ
階段にちりぢりに散った絵ハガキ
一枚一枚拾い集めて抱きしめて
かけあがっていた〉


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どこかとても暗いところ 
暗いところで
緑が毀して
教わってゆく


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                (連作のうち )

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ARROWHOTEL 2         ここは眠りのなかなのだろうか それともからだの果てなのだろうか どこかとても暗いところでワタシはいつも緊張している どこかとても暗いところでピンスポットのように すこし 起こることをほんのすこしワタシは教えられてゆく arrowhotel 知るたびに建物の名のネオンを感じる ゆっくりと暗いところから明るんでみえだす表示の 2F 二階の長い廊下の果てに 太い緑の矢印が細まりながら急カーブして  階下へ向けて描かれている いつ誰が描いたのか目覚めたときには矢印は痣のようについていた 建物のうす暗い階段を のぼり 踊り場を 過ぎ 二階へ 着こうとする者は 鋭い緑の矢印の急カーブして迫ってくる 矢の先端に射られてしまう 吹き抜けの高い窓にある窓枠で感じるようにワタシは 起こることを 教わってゆく ドアを開け閉めする音が二階の廊下に響きつづける  開けて閉めて 開けて閉めて  開けて閉めて 開けて閉めて 部屋と廊下と部屋と廊下とせわしく出入りしつづける ドアから離れられない男が 往復運動を繰り返している 部屋や廊下の境界はドアの開閉のスーピードに消されてしまうのだ男のなかで 男は果てしないひろがりのスピードのなかでくるってゆく サイレンがなる 男の頭の暗闇に サイレンが細く鳴っている 細いサイレンの渦にワタシの窓枠の硝子がこすられる 男の仕事はボイラーマンだ 来る日も来る日も炎のつよさを調節する計器をにらみつづけ 指先がボタンを押し続け 炎から逃れられなくなった 男の頭のなかにくすぶる火種から細かな灰が舞う サイレンに灰が渦巻いている   開けて閉めて 開けて閉めて  開けて閉めて 開けて閉めて 男はスピードに捉えられ すこしづつ崩れ落ちている 固く乾いた石の床へ ドアの取っ手を握りながら 建物が焼けて崩れるように 頭のなかの炎に焼かれ かつて男を支えていた頭のなかの男の骨が 壁が仕切が屋根が被いが崩れるように 石の床に弾かれて赤く灰を吹く 「うるさいうるさくてしかたない」 1階の廊下でドアを開け顔を出した老婆がいる 天井をみあげ 老婆が頭をなんども左右にふっている 割れた鐘が音をたてる あれはつぶやきなのだろう 「きれいさっぱり空のあたしの芯から 怒りがこみあげてくる うるさいうるさくてしかたない あの音のもとを絶ってやる」 首から胸へ長い長い透明な玉をまきつけて 干からびた海月のようにかさつき老婆が階段を上りだす 透明に透明に透明に凍らせて使うことをしなかった水 氷の玉の首飾り なにかを潤せたかもしれないのに使わなかった氷の玉の 長いネックレスを首にまきつけ 老婆が二階へ上ってゆく よわった足は壁にぶつかる 階段に手を突き身をたてなおす やっと身を起こしたとき 鋭い緑の矢印が 二階の床から老婆をめがけ 矢の先端で貫いた 干からびた胸を矢に射られ 急に胸が痛くなって 老婆は両手で胸を押さえてそのままうずくまってしまった 痛みが 胸から吹き上がる 吹き上がる痛みは老婆へ降った うずくまったまま老婆の耳は雨の音を聞いていた 「雨だね 痛い 体が痛い」 干からびた海月はぬれながら 柔らかい組織へもどりだす 階段が雨でぬれてゆく  雨音 痛みをましてゆく水のなかへ 海月は帰り 以前老婆だった海月は泣きながら漂いだしてゆく 月に照らされる夜の海を 暗いけれどやすらかな 夜の海に浮かんでいる どのくらい浮かんでいただろう 遠く陸から漂ってきた緑の魚のようなかけらが 海月の水の皮膚を擦った 海ではしない澄んだ匂いが 緑のかけらのなかからあふれた すこし触手で撫でてみた 「これはあたしの宝もの」 うずくまった階段で胸の疼きを片手で押さえ 片手を 階段の壁につき目を開けようとしたときだった 壁に触れる指先がしびれるように柔らかい 柔らかくなった皮膚を破って 指先から草が生えだした 細かくつぎつぎ皮膚がひび割れ 「雨音がする体中」泡のように老婆が叫ぶと もう だらりとなってしまった 足もとへ雫が落ちるころ 細胞という細胞は 柔らかい草の芽をのばし 懐かしい海に帰るように老婆はひと群の草に変わった 階段の途中にひと群の緑がすそを広げて繁る いなくなった老婆のかわりに 氷り玉の首飾りが草のなかにきらきらと 凍ったままで光っている 階段はまた静かになった ドアの音はつづくいている    (連作のうち) ホームへ



ARROWHOTEL 3


ときどき夢にあらわれる坂の途中の見せ物小屋
あの小屋のドアのかんじに
にている ここのホテルのドア
角のすりきれた厚い木のドア


左手で手摺りにふれながらホテルの階段をあがっていると
閉じてきた部屋の木のドアの木目の模様がゆれだした
階段をあがる 足は いつしか
ゆらゆら木目の傾斜をのぼり
階段をあがっているのに 坂を
上へ向かってのぼっていた
ゆっくりと 鷲が空を飛ぶ
みあげると空が高かった
明るい空地を通りすぎると 
坂の途中の
見せ物小屋の ドアの前へ着いていた
(角のすりきれた厚い木のドア)
ドアの木目に軽くふれると
すっと後ろにドアは開いて 入ってゆくのをゆるされる


うす暗い通路が奧へつづく
通路の端におかれている灰色にぬられた木の箱へ
私はお金をじゃらじゃらと小銭ばかりで支払った
箱のとなりに積まれているスパンコールの衣装をかりる
棚からとって服を着がえる


胸をきつくしめつけるスパンコールを ぴったりと着て
酸素がたりなくなってくる軽さで舞台へすべりでた
するり ふわり 
 くるり ゆらゆら
スパンコールの魚になり
背中をゆらし泳ぎだす


舞台からみえる客席は ゆれる首の群の海
波頭にたくさんの目の束が浮き
海月のように
またたいた


打ち寄せる波の海のなか
舞台は夜の水に浸かった
 昇り 降り くるりとまわる
つめたく照らす青い明かりに
スパンコールの鱗が 濡れると
つるりと海月の光を放つ


(たくさんの目を集めて縫った衣装だから浮きあがる)


見せ物小屋の明かりを吸って スパンコールを輝かせ
ゆらりと大きく左に回り たくさんの目を引き連れて
あおむけに深海へ降りてゆく


見せ物小屋の深海を
スパンコールの魚の 私が
またたきながら渦巻いてゆく


私は 海の深みへ降りた
つめたくて暗くてとても静かで
海草がゆっくりゆれていた
意識が溶けてゆくのって
深い海にゆれている海草ににている ゆっくりとゆれ




長いあいだ息をつめて階段で立ちつくしていた
高窓からの陽差しがちょうど
額の上へあたっていた
額の汗が唇に落ち 塩辛い 海水みたいと思った


階段で
ずきんと
頭が痛んで
私はうずくまってしまった
鋭い緑の矢印が飛んできて
薄れた意識を突いた


「海布」っていう言葉が聞こえて
ノートに「海布」と書いたまま
ふらりとでかけてきたのだった
帰って
続きを書きはじめたい
みたこともみなかったことも
なかったことも すべて すべて


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                    (連作のうち)
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ARROWHOTEL 4 軽くたたいているような 音 誰もいない明け方のすこし暗い階段に  響く 足音が 上へ向かって のぼっている 二階へ近づいてくる 踊り場に 足音が着いたとき かすかに水の匂いがして 常夜灯の明かりのなかを 過ぎるのは 女の子だった 濃い藍色とモスグリーン ところどころに赤の散る色彩の布を 身につけている 片手に何かカメラのような四角いものをさげている ゆこうとしているのではなく帰ってきたのかもしれない         河岸公園は細く長く       歩いていたらいつからか少し明るくなっていた     もうすぐ海へ流れ込む運河の幅はとても広い     コンクリートの岸にあたる水がたぷたぷ上下して     高く低く あふれそう     水の揺れをみていたら         足元のよれたチラシが気になり     拾ってしまった     広げてみると 色刷りの鮮やかな絵があらわれた     勢いよく海から跳ね上がる裸の肌が濡れていて     水のなかでは魚の尾が まだ青く海に包まれている           闇から抜けだすときってたぶん     こんな感じだと思う       泡のなかで半身づつがつながっているきつい感じ     河岸から     水が 高く 飛び散る      船が運河をのぼってきて波が岸を打ったのだ     背中でフェンスに寄りかかり     向き直ると      公園の植え込みに     人の背丈ほどの木が 緑色に葉を繁らせて紅い花をつけていた     しなやかな姿勢で立っている木を      あれっと思う      人みたい 哀しみを耐えているような     見回すと  紅い花の木の背後を囲む白い壁には 細い蔓が茎を編み     扇状に広がっている     透ける羽根をおもわせる背景模様になっていた     運河舞台      運河舞台 だ          アリアを歌う人のように     しなやかな濃く紅い花     花びらの紅 唇の紅     枝枝が腕のように延べられ      瞼をふせても     私の耳には      紅く沈むささやきが      あいした?        ころしたことはある?          ぬすんだ?          しんじたことがある?           きおくする?         つばをはいたことは?       いのった?      きざみつけている?     響き響き回りはじめる     岸には     つよく波があたって 砕けて     水の泡が 飛び散る       頬に 耳に 唇に      瞼に雫が降りかかる     ・・・た?        ・・・・ことはある?          ・・・した?            ・・・・・・ることは?              ・・・た?                 ・・った?                    ・・・・・ている?     かれてしまった花弁のような     握りしめればばらばらと砕けてしまうキスの跡が     水の泡     泡に降り込められて      私から((ワタシ))が這いだしてくる      渇いて     皮膚が熱くて 渇いて     ミネルヴァの像の     水飲み場の      噴きあがる水に顔を伏せ 髪まで濡らして飲んだのだった         私から((ワタシ)) が 飲んだのだった     まだすこし     あたりは暗かった     思い出して     カメラを取り出し     構えた     ((ワタシ))を押し込めて 私はカメラを構えてみた           噴きあがる水のきれいなアーチ     なぜか撮りたくなったのは咲いている紅い花ではなくて     水飲み場にあがってきらきら光る ならぶ水の雫だった           しんとして 運河を後にした からだがおもくてぐったりしている  ホテルへ戻って眠りたい 踊り場から二階へ向かってゆくと 緑色の尖った先が するするっと走る矢になって 二階の床から 階段の私のこめかみを射ってきた      ひらりと紅い稲妻が 覚えて と 紅く((ワタシ))へ落ちる     アイシタ?        コロシタコトハアル?          ヌスンダ?            シンジテイルコトハ?              オボエタ?                ツバヲハイタコトハ?                 イノッタ?                    キザミツケテイル?      ワスレナイ ワスレナイ ワスレナイ 私は 髪の雫を ((ワタシ))が はらった はらって駆けのぼった    ホームへ