メトロの回転帽子が光る
                                                       北爪満喜     
     
      (掲載紙/東急クリエイティブセミナーBE 創作集BE:昭和60年3月発行) 


夢のまぶたを切るように
毎朝地下への道を開いて
正確な時刻表を磨き込むのは駅員さんと私たちね
駅員さんの黒いハサミがももいろの指を噛み切ってゆく
明るいリズムが輪になってゆく
改札を抜けると出勤するのはフライパンのソーセージばかり
弾かれるままに階段をころげそのままくるんと至近距離まで
時間に握りしめられて パープルトレイン半蔵門線
私は8時5分に乗り込む
調教された蛇のお腹へ駅員さんの号令が飛ぶ

記憶を食べる照明が影を吸い取り照らすので 剥きだしになった裸の顔が
毛穴の奥まで開いてしまう
隠されていた空白が空間という空間へ脹れあがり ひしめいてゆく    
無数のふくらむ顔面が空白の皮膚をつるつるにする
海底に暮らす植物のゆらぎが気持ちの頬を舐める
ガラスに写る気球状の頭部を支えようとする
支える足首に力が入る 気持ちの底に吸盤を持つ
吸いついて立つ肩先にいっせいに揺れる吊り革が不定形の往復をする
きりっと帽子をま深にかぶり
断続的に降りてくるのは駅員さんの明るい歌声
さくら サクラ 桜田門まで
気球状の頭部をゆらし
明るいコピーの夢空へ誘われてゆくのは私たちね
帰納的にゆらめいている言葉のフリルが私たちの
食欲を飾り付けてゆく
虚構の姫の物語から 終着のない食欲の地図配膳図まで
食べ尽くす 私たちに帽子はなくて
増幅される空腹の空へ積乱雲を湧き立たせる
ふくれあがる顔がつかえて もう誰ひとり
降りれない

知っているのは駅員さんね
終着の駅の名前を隠し
帽子のつばをくるっと回す
帽子の中で二本のレールを回転させるゲームがはじまる
さくら サクラ 桜田門まで
地下に浮かぶ方舟の中 降りる者が選ばれてゆく
空白の闇の洪水は網目状に脈打って窓の外に渦巻いてゆく
駅員さんの帽子のつばが地上の光をはねつけてゆく
ゲームの速度でレールは軋む
地下駅に並ぶ時刻表のページは回転しつづけて
回る帽子のつばのふちから地下に巡る迷路の中へ
入り組んでゆくのは私たちね