第1話
泣き虫ママと呼ばれていた頃

第2話
まさか花がアトピーだなんて

第3話
何が花をアトピーにした!?

第4話
”ぷわぷわ”の秘密

第5話
スカートデビュー

第6話
パパとはなちゃん

第7話
お腹が張る

第8話
妊婦が思うこと

第9話
母乳育児を熱く語らせて!

第10話
ふたりっ娘

第11話
アトピーはお母さんが治してあげよう!


このコーナーはママが娘(花瑞,はなみ2歳)の成長を綴ったエッセイです。
育児、アトピー、第2子妊娠・出産などについて書いていこうと思ってます。
ご意見・ご感想をお寄せ下さい。


mama and hanami 


2.まさか花がアトピーだなんて

 私もパパもアレルギー体質ではない。だから、妊娠中はアレルギーに対して全くの無警戒であった。妊娠用雑誌などでよくアトピー特集を目にしていたけれど”たいへんねえ。”と他人事だった。まさかまさか花がアトピーだなんて!!いったい何故花がアトピーになったんだろう。最初のうちはそんなこと考える余裕さえもなかった。というより、花がアトピーということを否定していた。単なる乳児性の湿疹...ちょっとお肌が弱いだけ...必死にそう思いこもうとしていた。 赤ちゃんの肌といえば、ピンク色のピカピカ、ツルツルがあたりまえと思っていたのに、花ときたら真っ赤でガサガサ、プツプツ...。生後2ヶ月目からまず”顔”に症状がでた。”ニキビのお手入れといったらまず洗顔!清潔第一!よね”とお風呂の時以外にもガーゼでしょっちゅう拭いていた。ところが季節は冬でますますガサガサ肌になってしまった。そう、何よりもアトピーのスキンケアで大切な”保湿”をわかっていなかったのだ。(今では、花にピッタリとあったスキンケア出来ているけど、ここにたどり着くまではあれこれと迷った。) アトピーであると宣告されたのは、花7ヶ月のことであった。前回 書いたあの”7ヶ月事件”の頃である。血液検査で特定の食べ物にアレルギーがあるという結果がでても、実際にその食べたら無反応のことがあるそうだが、花の場合はバリバリ卵に反応した。母乳で育てていたので、当然私も卵断ちをしなければならず...皮肉なことに、この世の中おいしいものはすべて卵入りであった。でも残念ながら卵断ちしたくらいでつるりとよくなるものではなかった。なんでもアトピーとは複数の要素が重なって症状がでるのだそうだ。卵断ちはその中の一つの要素を除去したにすぎないというわけだ。 現在では、乳幼児の 4人に1人ぐらいの割合でアレルギーがあるって聞いたけど、周りを見ても花以外になかなかアトピー子とはめぐり会わない。きっと私みたいにあれこれ悩んでいるママたちがいるんだろうけどなあ...。”育児”ってそれだけで大変なのに、アトピーが加わるとその大変さが3倍くらいになる。(と思った。)スキンケア、食事の工夫、念入りな掃除と洗濯...私は心配性の割には仕事は大ざっぱな方なのだが、我が子のためなら性格も変えた。がむしゃらにやりすぎた事もあったかもな...。オーバーヒートしないように、ほどほどに、でも手は抜かずに...加減が難しいのだけどなんと言っても母親には心の余裕が必要だ。我が子をしっかりとみつめて、アトピーに振り回されることがないようにね。 ところで、1歳になったとき断乳に成功した。断乳すなわち私の卵解禁だ!それまでおっぱい命の花だったから断乳までには1週間かかった。成功したその日、パパはとってもうれしいご褒美を私に買ってきてくれた。”苺のショートケーキ”だ。私はこの日のケーキの味を一生忘れないと思う。     つづく


3.何が花をアトピーにした!?

 私はこの夏”食べる楽しみ”を失った。”つわり”だ。のどから下に今にもあふれそうに毒がたまっていて、油断していると突然大波のように、押し上げられてくる...という恐怖体験であった。とにかく寝ていても不意にその大波が押し寄せてきて、ゲロゲロとやってしまうのだから落ち着いて眠ってもいられないほどだった。  結局6ヶ月に入った頃まで24時間×2ヶ月もの長い間それは続いた。つわりが無いという人を超人のように思えてしまう私である。余分な贅肉がすっかりそげ落ちてから、妊婦体型へと突入することが出来たのは、ラッキーな事としていいものか...。しかし、この2ヶ月というものまともな食事がとれず、お腹の子には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。産婦人科の先生は”妊娠初期はまだ赤ちゃんは小さいから、お母さんが今まで蓄えた栄養だけでじゅうぶんですよ。”とおっしゃってくださったが、私には花をアトピー体質にした”前科”がある。今度の子にはつらい思いをさせちゃならんとゲロゲロになりながらも、何とか必死に食べようと努力したが、寄せては返す大波の勢いに負けてしまった。
 体質とはそもそもなんなのか...。花の妊娠中私は出産前の3週間切迫早産で入院し37週(普通は40週)で出産した。切迫早産の直接的な原因は分からず、結局”お腹の張りやすい体質”ということで片づけられてしまった。今、私のようなお腹の張りやすい体質のママが増えているということだ。体質だから仕方ないのか...。じゃあそんな体質を作ったのは何か...。やっぱり食べ物だろう。一概にそうとばかりは言えないけど人間の体って食べなきゃ生きていけないもの。
 私が育った時代は添加物、農薬の全盛期だったらしい。知らず知らずのうちにそういったものが体の中に蓄積されて、ご先祖様から受け継いだ体質でない体質に変化していったのかもしれない。”農薬で虫はころりと死ぬが、人間はじわりと殺される。”って言葉を最近自然食品の店で目にした。1つの食べ物に使われている農薬や添加物は少しの量だろうけど私たちは1日に何十種類という食品を口にするのだから、考えると恐ろしい。
 現在、我が家では栄養のバランスを考えながら野菜中心の食事を心がけている。食べる野菜は完全無農薬(週1回宅配していただいている。)、他の食べ物も不必要な添加物の入っていないものを選んで使っており、気長に体質改善していくつもりだ。孫、ひ孫の代につわり、切迫早産、アトピーの体質を遺伝しないために、ママは頑張るぞ!だから花イヤイヤ言わないでもりもりいっぱい食べて大きくなってね!花の体重、現在9.5s...チビです。                     つづく


4.”ぷわぷわ”の秘密

 クリスマスも近いというのに今年はいつまでも暖かい。私は妊婦ということもあって、体感温度が高いようで自分に合わせているとパパや花に寒い思いをさせていることもしばしばで、”ママは温度計を見なさい。”と言われて開け放った窓を閉められてしまう。しかしもうそろそろ木枯らしが吹いて毎日乾燥注意報が流れることだろう。この季節アトピー子にとっては”乾燥”との戦いになる。乾燥してガサガサ肌になったところへ目に見えないような様々なものが入り込み、”カイカイ”状態になりその中に体にとって好ましくないものがあれば体が拒否反応を起こし、赤くなったりプツプツが出来る、というのがアトピー性皮膚炎の起こるメカニズムだそうだ。アトピー子は体質的にカサカサ乾燥した肌になりやすいため、とにかくこのメカニズムを起こさないためスキンケアが重要となってくるわけだが、これがなかなか教科書どうりにはいかず、私も試行錯誤を繰り返しようやく今のスキンケアに落ち着いたところだ。花は3回目の乾燥との戦いの時期に突入した。過去2回の戦いでは、どんなにベットリとクリーム類を塗って保湿しても、お肌を触った時のざらざら感は消えず、よってしょっちゅ う赤くブツブツになってしまった。ところが今年の花はちょっと違うぞ!その肌の状態を表現する言葉をいろいろ考えた結果”ぷわぷわ”という言葉がピッタリとくるのだ。木枯らしの季節はまだまだこれからが本番であるからして、もちろん油断は出来ないが”ぷわぷわ”の花の肌には何者も寄せ付けないようなパワーを感じるのだ。”これだ!これよねえ..。”と私はしょっちゅう花の”ぷわぷわ”肌をなでなでしてしまっている。これまでの私の努力が実を結びはじめたのか、いや花がたくましく成長したのか、それは分からないが振り返るとガサガサ肌を追放すべくいろいろなものを試したものだ。 私が使っている化粧水、アトピー用のスキンケア用品(結構高価だ。)、各地の温泉水(お風呂上がりにかけ湯に使った。)各種入浴剤、備長炭(お風呂に入れて使った。)、ワセリン、ああそうそうスチーム機能のある美顔器(恥ずかしながら独身時代に美を追求するあまり、購入した。)も試したなあ..。それと強酸水も忘れてはならない。パパが病院からポリ容器に汲んできてベビーバスに温めた強酸水を入れて湯あびをさせていた。とにかく効果のほどなんかよりも、何かしていないと気が済まなかったのかもしれない。この中で今でも続けているのはむろん一つもない。で、結局最後に残った花にとっての究極のスキンケアは”へちま水”だった。実家の母が猫の額ほどの畑で育てたへちまから作ったもので、お風呂上がりや朝に全身にパタパタとパッティングするだけのシンプルケアである。この”ばあちゃんのへちま”がどんな高価なスキンケア用品よりも花の肌にぴったりと合ってしまった。しかし人間の肌は十人十色だから他のアトピー子にピタリ合うとは限らないのでご注意を...。それにスキンケアに限って言 えばへちま水が効果があったわけだが、それが全てでぷわぷわ肌になったとも言い切れないだろうから...。特効薬がないと言われているアトピー子を持つ親は、時として情報の波におぼれそうになるのだが、子供を振り回すことがないようにしていかなきゃなあ...。 今日もへちま水で花の一日が始まり、へちま水で一日が終わろうとしている。さあ花の寝たところで”ぷわぷわ”ならぬ” ぷよぷよ ”で決戦よ!パパ!(夫婦は同じ趣味を持つことが仲良しの秘訣だ。)                         つづく

 


5.スカートデビュー

 普通2歳ともなれば髪も肩くらいまでのびてリボンでかわいくヘアチェンジ出来たりするものだが、”Hanami’s Gallary”を見ていただければお分かりかと思うが、花は毛が薄い。先日の七五三の時も強引につけたリボンが何度もずれ落ちてしまったものだ。 1歳の誕生日の記念写真は悲惨で、ほとんど地肌に近いくらいの貧粗な毛のためライトアップされた花の頭は光さえ放ってしまっている。まあ親にしてみればそれもまたかわいいのだけど...。そんな貧毛のため最近まで花はしょっちゅう男の子に間違えられていた。だからいつもピンクとか赤とか女の子のイメージの色を選んで服を着せていたけど、貧毛に加えて花はいつもズボンをはいていたから男の子に間違えられても仕方なかった。と言うのも生足でスカートをはかせるには花の足の肌はあまりに弱すぎた。アトピー子が一番弱いとされている膝の裏を中心に太股にもふくらはぎにも赤いプツプツは広がることがあった。ズボンをはかせていたのはそんな弱い肌を目に見えない刺激から守るためと、カイカイ防止と、あとはかわいそうな肌を人目にさらしたくない親心もあったと思う。冬は他の女の子達も防寒のためにズボンをはかせるから、女の子用にかわいいデザインのものもあるのだが他の季節で花に合うズボンを見つけるのには苦労した。花に合うズボンにはいろいろクリアしてなきゃ納得しないという私なりのこだわ りがあった。まずはズボンの長さは膝下5cm〜7cm。1歳前後は普通80という服のサイズであるが、このサイズだと夏用のズボンで私のこだわりの長さをクリアするものはまず無いため、95サイズを選んで買ってウエストのゴムや股上の長さ自分で調節しなんとかクリアさせていた。この長さより長いと暑苦しくなり、短いと前述した”ズボンをはかせる意味”が無くなるのだ。それと素材はなんと言っても薄くて綿であること。できるだけ涼しくて肌にやさしいことがこだわりだ。 ああ、今気付いたのだがこのこだわりってまさに”ステテコ”が連想されてしまうではないか...。だからしておしゃれなベビー用”ステテコ”などなかなか存在せず、これまた自分でレースの飾りをつけたりしてみた。しかし、なんだかどれもへんてこりんなズボンだった。というわけで今年の春は(木の芽吹く頃も症状悪化の時期である)ついに不器用なこの私が花の究極のズボン作りにとりかかった。私やパパのTシャツで作ったから製作費は0円。そしてなんと言ってもこだわりクリアで花にもピッタリ。(ちなみに第一話の写真のしましまズボンはママ作である。)ナイスな出来に気をよくした私は調子に乗ってパパのお気に入りのシャツまで花のズボンに変えてしまった。そうして夏が近づく頃花の肌は落ち着きだし、”ぷわぷわ肌”へと生まれ変わった。......この夏思い切って生足にスカートをはかせてみた。私の心配をよそにぷわぷわ肌の花に怖いものなしだった。花の”スカートデビュー”である。よかったね花!!ママもうれしいよ。スカート姿の花はどっから見ても女の子だもんね。スカートデビュー万 才!!           つづく


6.パパとはなちゃん

 パパと花はとっても仲良しだ。パパは滅多なことがないと怒らない。私なんかしょっちゅう”こらー花ー!!”って怒ってばっかりいるからもう花はおこりんぼママに慣れっこでちっともひびかない。自分が悪いことをして私に怒られているというのに、逆に”花は怒ってるよ!”と言ってふくれっ面をしてみせる。 もうすでに母親としての威厳はなくすっかりなめられてしまっている。ところがいつもニコニコのパパがちょっと厳しい顔をするとびっくりして花はすぐに泣いてしまう。パパって人はボーっとしているようで実はホントにボーっとしていることも多いけど冷静に物事を見ていたり、おちゃらけているようで実はおちゃらけているだけのことも多いけど穏やかに真剣勝負をしていたり.....私が花のアトピーのことで感情的になって怒ったり泣いたりしても、決して慌てず騒がずでそのまま受けとめて包み込んでくれた。そんなパパがいてくれたから私も落ち着いた心でアトピーと向き合って頑張ることが出来てるんだと思う。しかし残念なことに花は”感情人間ママ”の性格をしっかり受け継いでいるようである。 ところでパパは私が花を妊娠中”我が子誕生の記念にベビーベットをつくるぞ!!”と宣言した。パパには悪いけど初めはあまりあてにしていなかった。だってこれまで日曜大工の経験なんて全くなかったのだから...。しかし驚いたことに設計図をひくパパの目はマジだった。まずは大工道具を揃えるところから始ま り材木を購入し切ったり削ったり掘ったり磨いたり塗ったり...ああでもないこうでもないと何度か失敗をしながらも、ななんとホントにパパはベビーベットを作り上げてしまった。それがまあ実に工夫を凝らしたパパの愛溢れる優れモノなのだ。完成した日感動の中での”花初寝”はしっかりビデオに収まっている。 そして今でも花の愛用のベットである。パパが作ったってことはまだ今の花にはよく理解できないけど、もう少しして解るようになったら感動するだろうなあ...。そしたらパパに”チュー”してあげてね。花!実はパパはまだ花のお口にチューをしたことがない。なぜなら男の人にむやみにチューするもんじゃないっていうへんてこなパパの信念があるのだそうだ。そしてパパは花の初チューは”二十歳になってから自分と”と勝手に決めているのである。そんな年齢に達した娘がすっかり”おやじ”へと変貌しているであろうパパとチューなんかするであろうか....。無理難題という気がするけど、まあパパの好きにしてって感じだ。花に拒否されたときは仕方ないからママが慰めてあげるからね。 つづく


7.お腹が張る

 お腹が張る。お腹が張る。寝てもさめてもお腹が張る。まだ34週なのに...花の時もちょうど34週で”切迫早産”ということで入院だった。あのときのつらい日々が蘇る。 .......あの時...お腹の張りの様子を見るモニターの結果を見た先生が気の毒そうに苦笑いして言った。”この張りはもう内服薬では止められませんよ。陣痛がきてしまってますねえ...。”5分くらいの定期的な間隔でグラフにはお腹の張りを示す山がモコモコと描かれていた。”ああ、やっぱり入院か...”体の異常サインに覚悟はしていたけれど、やっぱりいざ入院と言われるとショックだった。病室に案内されてすぐに張り止めの点滴が開始された。ゆっくりと滴下する点滴を眺めながらこみ上げてきそうになる涙を必死にこらえていた。いくら厚生省で認可された薬で心配ないからって言われたってお腹に赤ちゃんがいるんだよう..ホントに大丈夫なの!?でもこれをしないと赤ちゃんは未熟なままで生まれてくるし...ああ未熟なお母さんでごめんね..。悲しいやら情けないやら色々な想いが頭の中を駆け巡っていた時に、病室のドアが開いていつものパパの顔がのぞいた。それまで必死にこら hana_babyえていた涙がどっと溢れてきてしまった。入院して4,5日たったある夜”ひえー生まれるー!!”という強い張りと痛みが頻繁にやってきた。その夜は出産ラッシュでもあったらしく夜勤の看護婦さんもバタバタと忙しそうであった。結局点滴の注入速度を速めることで何とか状態は落ち着いた。ほっと一安心しているところへ”今日は大潮なんですよ。”と看護婦さんが教えてくれた。出産と月の満ち欠けとは関係するって聞いてはいたが...。”うちの子も波に乗って出ようとしてたんですかねえ。”と言うと看護婦さんは笑っていたけど思いこみの激しい性格の私は”きっとそうだ。”と確信しながら、宇宙の神秘に一人でドキドキしていた。........そして今、なんと昨日も今日も明日も大潮なのだ!!これは乗ってる乗ってる..って感じだ。”もう出る出るって感じで張るがよ。”とパパに言うと”じゃあ逆立ちしてみたら”と言って自分でして見せるあたり、さすが我が家のパパである。”赤ちゃん、まだ生まれてこないのよう”ともうじきお姉ちゃんになる花にお腹に向かって呼 びかけてもらいながらごろりと安静を続ける日々である。点滴の副作用できつい体で自分を責め続けたあの日々、何もすることの出来ないもどかしさ..もう絶対に入院なんかいやだあ!!あと2週間ちょっと頑張って!赤ちゃん。そしたら予定日よりちょっと早いけどお姉ちゃんと一緒の37週の正期産だから。              つづく


8.妊婦が思うこと

 新しい年が幕を開け妊婦生活もいよいよ佳境を迎えた。お腹が張る!もう生まれそう!と騒ぎ続けて2ヶ月たった。しかしほんとにヒヤヒヤしながらの2ヶ月であった。花の妊娠の時からの私のバイブルであるあの紀子様の妊娠時の主治医であった坂本先生著”妊娠の本”には”10分おきにお腹の張りがあるときにはすぐに病院に行きましょう。”とあるのだが私の場合このことを忠実に守ったりなんかしていたらこれまで何百回病院に走らねばならなかっただろう・・・。だからして1日1日無事に過ぎることを感謝感謝する日々だった。クリスマスまで・・せめてお正月まで・・入院せずにパパと花と3人で過ごすことが出来ますようにという私の願いが叶ったことだけでもよしとしなければならないのかもしれないが、ここにきてまた新たな問題が私を悩ますこととなった。37週の正期産の時期を迎えた今頃になってお腹の赤ちゃんの推定体重が標準より小さいというのだ。37週まで頑張ろう!!と3人で励まし合ってきたというのに・・・・。そして今日の検診で先生の下した対策は”今週いっぱいは赤ちゃんを大 きくする漢方薬の内服を続けながら、加えて外来で点滴治療をして様子を見てそれで駄目なときは入院してもらいます。”というものだった。な・な・なにー!!にゅういん!!ここにきてそれはないでしょう先生・・・と心で叫びながら”ハイ解りました”と言って物わかりのいい患者をついつい演じてしまう私であった。実は私パパと結婚するまで看護婦として病院で働いていて医療関係者が患者の場合、非常に気を遣うということを経験しているので自分が患者の時はついつい正体を隠して”なにもわからない子ちゃん”になってしまう癖がついてしまっている。パパには”バカやが”と言われるのだが・・・。いやいやしかし今度ばかりはバカにならないぞ!自分の主張したいことはしっかり主張して、聞きたい情報はしっかり聞いて小うるさい妊婦になってやる。私の主張・・・私は自然なお産がしたい!!臨月に入ってから実家に帰ってきて上げ膳下げ善のお姫様生活でお腹のひどい張りがなくなってきたからまだまだすぐ出産てことはないと思う。お腹の赤ちゃんが小さいというのならもっと良質のタンパク質を食べて、出来るだけ安静にして自分の力で大きくしたいの。だからすぐに薬とか点滴と かじゃなくてどうしたら私の努力で大きくできるのか教えてほしい。それが不可能と言い切られるのなら仕方がないけど・・・。入院なんかしないで家族みんなで出産のその時を迎えたい。私と赤ちゃんにとって”家族”がもっとも良質な栄養だと思うから。このこと先生に伝えなくちゃね。         つづく


9.母乳育児を熱く語らせて!

 1月20日、ついに2人目誕生する。助産婦さんに”出産向きの体ねえ”と言われるほどの軽いお産だったらしい。それもそうだ。産む30分前まで今ちまたで話題のホラー小説”パラサイト・イヴ”を読んでいたのだから・・・。”でも妊娠向きの体ではないんですよ。”と答えてその助産婦さんと笑った。しかしおっぱいをちゅぱちゅぱしている我が子を見ていると、あの地獄を見たつわりの日々や、お腹が張ってどうしようもなく不安だったことなんかけろりと忘れてしまうから不思議だ。観月は産声も元気がよかったがおっぱいに吸い付く力も力強い。花が”ちうちう”という感じの吸い方だったのに対して観月は”んごんご”である。非常に頼もしい。それに母乳育児に対する私の情熱も今回は一枚上である。花の時は出産後こちらの意志に関係なく最初からミルクを与えられた。しかし私は助産婦さんに”おっぱい大賞があったら間違いなく一等賞だ。”(注、大きさではない)と賛美されるほどにホルスタインの如くおっぱいの出がよかったので、退院後は断乳する時まで母乳だけで花を育てた。私の母乳育児の支えとなったバイブルは山内逸郎先生のその名も”母乳育児”という本であった。(「母乳育児何でもQ&A」山内逸郎著、婦人生活社)花は出生体重も少なかった上に飲む力も弱く、よって体重の増えも悪かったため何度か母乳育児に自信をなくしかけた。そんなときこの本で母乳パワーのすばらしさを再確認して頑張ったのだ。そして今度は最初から母乳で頑張ろうと心に決めていた。この本によると赤ちゃんが産まれて一週間のケアがその後の母乳育児の基礎を作り、赤ちゃんの一生の健康の土台作りとなるのだそうだ。そのケアとは次に挙げることである。
1.生まれて30分以内に初回授乳をする事
 赤ちゃんの目覚め期に初めての授乳をして、おかあさんをインプットします。30分以内でなければなりません。 
2.生まれて24時間以内に7回以上、授乳させること(初回授乳は含みません) 
 赤ちゃんが必死になってお母さんの乳首を吸うことでおっぱいの産生にスイッチが入ります。赤ちゃんは自らの力で、お母さんのおっぱいを引き出すのです。
3.出産後数時間後から母子同室、同床にします
 全ての哺乳動物は母と子は密着しています。母と子を離すと子はやがて死んでしまい母は子育てをしなくなります。出生直後の母と子は離してはいけないのです。これは母乳育児の掟ともいうべきこと。人間も哺乳動物の仲間です。出産したばかりのお母さんは赤ちゃんを離すと不安になり赤ちゃんがそばにいるととても安心するのです。こうして赤ちゃんがいつも側にいれば、おっぱいはいつも飲ませることが出来母乳育児がスムーズにいくのです。お母さんは乳首を吸われる刺激によって母体内のホルモンが変化し、代謝、睡眠、思考、感情など全てが育児志向型になっていきます。つまり”母親”になっていくのです。
 最後にもうひとつ大切なのは乳管開通操作です。母乳の出口である乳管の栓が開いていないために、赤ちゃんの口の中におっぱいが入っていかないことが多いのです。(「母乳育児」より)長くなったがこれがとても大切らしい。しかし今回も残念ながら初回授乳は出来なかった。だからこそその後を頑張った。出産後の次の日の朝からは観月は私の病室にやってきた。さあ母乳育児の開始だ!でもまだ私のおっぱいは張ってこない。とりあえず観月に吸わせてみる。cyu-cyu-,Mizukiそれまで”ほげっほげっ”と泣いていたが目の前に現れたおっぱいに顔をすりすりしたかと思うとぱくりと吸い付き”はぐはぐ”と吸い始めた。ああなんてかわいいんでしょう!そのまことに見事な吸い付きは感動的だった。花は小さく元気がなかったため数日間は新生児室で管理され、そのため初めておっぱいを吸わせたときはすっかりほ乳瓶に慣れてしまっていたのか”なにこれ!”という感じでまったく吸い付こうとはせず、三つ子でも育てられそうなほどの大放出状態の私のおっぱいはそのほとんどを絞って捨てなければならなかった。だから観月の見事な吸い付きは”いけるいける”の好感触であった。さあこうなったらいち早く免疫物質のコンクジュースといわれているらしい初乳を出さなくちゃ。これは観月に根気強く吸ってもらうしかない。この1〜2日の頑張りが勝負と腰を据え、”泣いたらおっぱい”を根気強く繰り返した。2日目の夜は寝かせると泣いてしまうという天王山を迎え、眠くてどろどろ状態の中”花も私と離れて寂しさをこらえて頑張ってるんだ。パパも新しい職場で昼も夜もなく頑張ってるんだ。家族で今を乗り越えなくちゃ。”を支えに根性で観月と頑張った。ほとんど一晩中観月はおっぱいに吸い付いていた。観月も疲れただろうな。”赤ちゃんはお母さんのおっぱいが充分に出てくるまで、体の中の蓄えを使って生きられるように、お弁当と水筒を持って生まれてくるのです。”という言葉を信じて3日目。ついに私のおっぱいがフル回転で稼動し始め観月も大満足!といった感じでおっぱいの時以外は熟睡するようになった。  さて、先に挙げた大切な1週間のケアであるが実際問題としてはなかなかそのとうりにはいかない。出産直後からの母子同室は赤ちゃんの病気など発見するための観察時間が必要ということでなかなか受け入れてもらえないらしい。それにお母さんを休ませるという観点からもそうなのだろう。母乳が充分に出るまでの間それ以外の水分、栄養を与えないということについても現状では赤ちゃんの体重減少、脱水、黄疸が問題とされるためかなり難しい。観月も初回は糖水を与えられたし、母乳が出るまでの間はつなぎで糖水を与えた。私は母乳だけでいきたいと助産婦さんにお願いしたのでミルクを与えられることはなかったのであるが、ベビーベットにはそれぞれ一缶ずつ粉ミルクが配付されており、申し出なければ、花の時のようにミルク与えられていたのかな・・・。初乳の中に含まれている免疫物質は腸の粘膜を覆って病原菌や異種タンパク質の進入を防ぐのだそうだ。初乳を飲む前に、おっぱいの出がよくないからといって、人工乳などを飲ませると腸壁はノーガードのため異種タンパク質は容易に体に取り込まれてしまうため、腸に予防線ができあがる前には、初乳以外のものが入るのはよくないという。母乳、とりわけ初乳を飲ませることはアレルギー予防には欠かせないという!これはたいへんな事実ではないか!!もっともっとみんなおっぱいにこだわりを持たなくちゃ!!


10.ふたりっ娘

 産後の肥立ちもよく、2ヶ月ぶりに我が家へ戻ってきた。妹が生まれたことでの嫉妬心は今のところ花には無い様子で、反対に世話を焼きたがって大変だ。べちょべちょに汚れた手で観月の頭や顔を撫で回したり、洋服に隠れた紅葉のような小さなおてての指を引っぱって無理矢理出そうとしたり、夕食のパセリをリボンに見立てて観月の頭に飾ったり、寝ているところに音のでるおもちゃを耳元でがんがんならしたり....まあ世話焼きお姉ちゃんぶりをあげればきりがない。お風呂入れの時が大変だ。”花もするう”と大騒ぎで踏み台にのっかって強引に観月の頭をもしゃもしゃにしてしまう。仕方ないので花瑞用にキューピー人形をたらいに入れて遊ばせる。そこら中びしょびしょにしてくれて”ううー”と唸りたくなるのをぐっとこらえ”まあ、花もキューピーちゃんをお風呂に入れてるのねえ。”と声をかけると、”一生懸命頑張ってるの!”とごもっともな返事が返ってくる。Hanami and Midukiそしてご丁寧にもキューピーちゃんにお風呂上がりに、自分のおっぱいをあてがっている。凄すぎる!観月の方はというと、おっぱい寝るうんちおしっこおっぱい寝るうんちおしっこの繰り返し(毎回ちびりとウンチを出す。)で、なんだか一日中おっぱいに吸いついている感じだ。おっぱいがぱんぱんに張っているときは、勢いよくぴゅうぴゅう出るものだから”こんなにいっぺんに出すなあ!”と抗議するかのようにいったんおっぱいを放し、怒って泣き出す。そして今度はおっぱいを放したことにあわてて、首を振り降り探し出すという慌て者である。こんなに吸ってもらいながらも私のおっぱいときたらそれ以上にわんさかと作ってしまい常にぱんぱん状態で、絞って捨てなくちゃならないのだ。ちょっと絞るのをさぼると痛い目に遭う。前回あんなに偉そうに母乳育児を語ったというのに恥ずかしながら乳腺炎になってしまった。私が大変な状況下にあっても24時間観月は好きなときに泣くし、花は自分勝手に好きなことをやってくれる。ああ、ふたりっ娘の母なのだ。こんな時に今まで育ててくれた母への有り難みを実感する。ところで、近頃はすっかり観月のことばかり話題にしてきて花のアトピーのその後をお伝えしていなかったのだが...。アトピーの天王山といわれるこの乾燥の季節を、花は見事にぷわぷわ肌で乗り切ろうとしている。時に部分的に乾燥してしまうことがあるが、そんなときはあの”ばあちゃんのへちま水”をたっぷりめにつければOK。次に訪れようとしている第二の天王山である草木の芽吹く春を乗り切れば、花はアトピーに”ばいばい”出来る!と確信している。でもこれまでの自然のものをより自然な形で取り入れるという生活はずっと続けて行かなくちゃ。家族の健康はお母さんの手にかかっているんだよなあと、最近頓にそう思う。こんな私もいつの間にかふたりっ娘の母となってしまったのだ。                                     つづく


11.アトピーはお母さんが治してあげよう!

 花のお肌がこんなに綺麗になるとは去年の今頃は思いもしなかった。これまでは日々の生活の中で私がしてあげられることを書いてきたが、もう一つ忘れてならないのが”病院”と”薬”だ。アトピーと言えばすぐに思い浮かぶお薬に”ステロイド”がある。もう、このステロイドときたら世間で怖い薬の代名詞として扱われてしまっているのだが、病院の先生が書くアトピーのどの本にもアトピーにはステロイド剤を使うことが必要不可欠であると書かれているから困ってしまう。例に漏れず、花も初診からステロイドを処方された。確かに効く効く!真っ赤なところが次の日にはつるりと綺麗になってしまうのだから。しかしステロイドで綺麗になった皮膚は幻なのであった。しばらくするとまた元に戻ってしまう。ここのところが本によると下手な使い方なのだそうだ。ステロイドは綺麗になったからといってすぐにやめるとまた再燃してしまうので量を減らしながら、徐々にきるのがコツなのだと・・。しかしそんなことは100も承知なのだ!良くなったと思って減量しているとその途中でまたどばっと悪くなってしまう。減量するのが早かったのかなと思ってまた使っているうちに、気が付くと相当長い間使い続けていることに気付く。ああこんなに使い続けてしまっても良くならない...こんな怖い薬を塗ってこの子は大丈夫なのだろうか。もうどうしたらいいかわかんない!Hanami and Mama play at the beachというのがステロイドを花に使っていた頃の率直な私の気持ちだ。ホントにどんなに試行錯誤して、教科書どうりの正しいステロイドの使い方を実践しようとしても...(花の皮膚の症状とくすりを使った部位、量、を毎日記録する事でうまくステロイドを使おうと努力したのだ。何たってナースなのだから。)大変難しい。そりゃそうだ。ステロイドはアトピーを”治す”薬ではないのだから。壁にぶつかっているときに出合ったのがSODという難しい名の付いた塗り薬だった。開発された先生によると、何やら画期的な薬であるらしい。確かにしばらく使っているうちに湿疹の再発はなくなった。ステロイドよりも安全でなおかつ効果もあるというのなら早く一般に広まって欲しい。だって、テレビや本のアトピー治療最前線では聞いたことのない名前だもの。でも、私はこう思うのだ。確かにこの薬は湿疹の出ているところをきれいにしてくれた。だけど、花が再発せずにぷわぷわ肌に生まれ変わったのは、それを手放しで喜ぶことなく地道に自然志向の生活を送ってきたこと、自分たちが信じてやってきたことが実を結んだのだろう。アトピーは薬では治らない。子供のアトピーはやっぱりお母さんが何とかしてあげなくちゃ。アトピーになるのはお母さんのせいかもしれないけど、良くするのもお母さんだと思うから...。                
追伸:「SOD」は以後は使っていません。


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