特別展ほ

市営六連島渡船にて島へ行く(後半)
1998/04/11


 六連島灯台です。慶応三年(1867)幕府が兵庫開港に備えて英国行使と約定した5灯台のひとつ。イギリス人のブラントンが設計した石造りのものです。初点灯は明治4年(1882)11月21日で、翌5年6月12日に明治天皇が四国御巡行の際に参議・西郷隆盛らと来られたそうです。
 位置は北緯33度58分30秒、東経130度52分13秒、無等、単閃白色(10秒ごと)、明るさは31万カンデラで光達距離は15.5カイリ(約28km)。第7管区海上保安本部の管轄です。
 ここに書いたことは全部灯台そばの案内板に書いてるから見に来なさい。(24KB)


 畑の向こう側に見えるのが海上自衛隊のレーダー基地です。もうすこし近づけたら良かったのですが、周囲の様子もよくわからなかったですし、ここに来るまで時間を浪費して帰りの船のことも心配になりましたので、これで我慢しました。
 それとも一般人にはわからない秘密の入り口があるかも? まさかぁ〜 (43KB)


 国指定天然記念物「雲母玄武岩」の記念碑です。これは島の中央部、山(丘?)の頂上付近の、周りを畑に囲まれたとてもわかりにくいところにありました。岩のそばでなくて入り口に立ててあったらとてもわかりやすかったんですが。浅葱が「記念碑のそばまでは、どこから行くのだろう」とうろうろしていたら、島のおじさんが気が付いて教えてくれました。ありがとう。(22KB)


 雲母玄武岩の説明板です。船の時間がせまっていたので写真だけとって、メモはおろか読んでもいません。この「特別展ほ」のファイルを作り終えてから、写真をゆっくり見てみるかな〜 字が読み取れるくらいの画質であってほしいです。(35KB)


 前出の説明板(の写真)が読み取れなかったら、せっかくおいでになった御客さんに失礼なので浅葱が知っているだけのことを書きますが、この玄武岩が地中で冷えるときに内部で雲母が形成されて、玄武岩と雲母が細かく混じったもののようです。世界に3例しかないとか聞きましたけど? (48KB)


 六連八幡宮です、たぶん。鳥居のそばまで行ったらきっとそう書いてあるでしょう。(^ー^)
 こんないいかげんなことで世界に向けて(そうは言っても日本語でしか書いてない)情報発信しても良いものか定かではないけれど、間違っていたら誰か教えてくれるだろうしさぁ〜 まぁいいじゃんか。(22KB)


 帰りの船に乗るため船着き場まで帰ってきました。
 そしたら、例の島の前の航路を船が2隻進んでいたのだけど、片方がもう片方を猛烈に追い上げて、とうとうすぐそばを追い越していきました。海は広いのだからもう少し離れて通ったら?って感じです。そういうのは自動車しかしないことかと思っていたら、こんな貨物船でもするのねぇ〜 (この写真は追い越し直後)(23KB)


 船のすぐ下には、まだ4月になったばかりなのにクラゲがいます。カサに茶色の放射線状の模様があって足の長いこれはアカクラゲです。これはいいかげんに命名しているのではなく標準和名だと思うんですけどね。海水浴場でよく刺されるのは、下関の日本海側の場合は短い足を4本持つ体調数cm程度のアンドンクラゲだと聞きます。
 でも、これのほうが刺されたら痛そう。(24KB)


 帰途の船上からの日進タンカー油槽所です。結局浅葱は道がわからなくてこの油タンクのそばには到達できませんでした。タンクには番号が書いてあって23番までは見えるんだけど、そんなにたくさんあるの? 
 それにこの油槽所ってなに? コンビナートのタンクは工業原料の石油を入れているのでしょうけど、ここには工場はなくてタンクだけのようです。タンカーの燃料用の油が入っているのかね? それにしてもここにタンカーが着いているのを浅葱はまだいちども見たことがありません。だからこそ何のタンクなのか気になっていたのです。なぞは深まるばかり。(30KB)


 本土に帰ってきました。小瀬戸を東に向かって進んでいます。
 中央やや右に見える高い塔は海峡ゆめタワーです。
 御昼過ぎになって空気も澄んできて、暑いくらいの晴天になりました。。
 島にはまた行きたいな〜 (25KB)


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