特別展と

傷ついた海の貴婦人「海王丸」
1998/04/25

 海王丸は姉妹船の日本丸とともに日本最大の帆船のです。運輸省航海訓練所の練習船として高級船員への道を進む実習生を乗せて訓練しています。浅葱が高校時代3年間交際した彼は国立大島商船高等専門学校(山口県大島町)の学生でしたが、彼も5年生なったら海王丸(当時は初代船)に乗って海外へ半年間実習航海に行くのだと言っていました。
 海王丸は関門へちょくちょく来ているようですが、姉の日本丸はなかなか来ません。


 運輸省航海訓練所の練習船「海王丸」です。進水は1989(平成元)年3月7日、住友重工の追浜造船所浦賀工場で建造されました。総トン数2,556トン、全長110.09m、出力1,500馬力のディーゼル機関を2基搭載しています。マストは4本あり、前から2番目のメインマストは高さ55m(日本丸と同じだと思うので・・・)です。
 50年以上にわたって船乗りの卵を育ててきた先代の名前と任務を引き継いだ2代目です。
 まいど逆光ですみません(37KB)


 後ろから見てみました。
 右舷中央やや後ろ、青いシートで覆われたところが前日だか前前日だかに接触事故で壊した部分です。
 中がどんなふうになっているか見てみたいのにぃ〜 やはり見苦しいからカバーをしたのですね。
 それにしても真っ白の船体に青いシートがいかにも痛々しいです。(44KB)


 船内廊下の壁に掛けてありました。ガラスに明かりが反射して見にくいと思います。ごめんなさい。
 船にはロープが不可欠で結び方も目的によっていろいろありますが、その結び目が展示されていました。もちろんこれは実習生にとって必修科目であり(元彼が言っていた)、見学者のための展示ではありません。
 結び目のことはノットと言います。(49KB)


 第1教室です。船内でもっとも大きな部屋です(機関室は別として)。船の実習生定員は130名ですが、ここは実習生の教室でもあり図書室でもあり食堂でもあります。(24KB)


 船首斜しょうです。「しょう」の漢字は木へんに薔薇(バラ)の薔の草冠を除いたものを書きます。こんな説明ではわからないでしょうけれど、その漢字をこの画面に表示させてもつぶれてしまうと思うのでやめさせていただきます。
 で、この下と言うか裏側には船首像が付いています。海王丸は「紺青(こんじょう)」という名の女性像です。(38KB)


 甲板にはこのような彫金がありました。(28KB)


 これは甲板から船室への出入り口で、中を覗いたところです。
 階段の手すりもこのように優雅なフォルムです。素敵ですね〜 (24KB)


 館長はこのポスターが欲しかったのです。浅葱が行った4月25日(土)には配布していませんでした。天気も悪かったので見学者も多くなく、浅葱が行ったのが遅すぎて既に配布終了していたとは考えにくいのです。
 実は翌日もまた性懲りもなくやってきたのですが、こんどは晴天で順番を待つ見学者が行列をなしており、見学が終わって下船してきた人にだけポスターを配っていました。ちぇっ! それに予定されていたセイルドリルも、天候(風)か衝突の関係で中止が決まったのです。とっても残念です。(26KB)


 4月28日(火)に出港するというので、お見送りのためこんどは午後半日仕事を休んでまたまたやって来ました。
 このときはパソコンが壊れていて、これまでご紹介した25日撮影分がカメラの内臓メモリに記録されたまま、それ以上撮影できなかったので銀塩カメラを持ってきました。以下の4枚の画像は印画紙にプリントした普通の写真をデジカメで撮影したものです。だってスキャナ持ってないもん。
 2隻のタグボートに引かれて岸壁を離れていきます。(27KB)


 完全に岸壁から離れました。乗組員は甲板に勢揃いして、号令に従って帽子を振ってお別れのあいさつです。
 浅葱は帆を張るのではないかと期待していたのに、張らないんですよ。本当はそれが見たくてお見送りに来たのです。セイルドリルも見られなくて、女性の実習生もやっぱりマストに登るのかな?とか、たいへん興味があったのですけれども。(25KB)


 海王丸はタグボートともに関門海峡を東に向かって進み始めました。
 次の寄港先は横浜って言ったっけ? 神戸だったっけ? (27KB)


 その姿はどんどん小さくなって関門橋の下をくぐりぬけて行きます。
 浅葱は海王丸もある程度沖に出たら帆をはるのではないかとずっと見守っていたのに、とうとう張らないままでした。(30KB)


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