桃 山田咲生
水蜜桃 あの 春のひかりを 掌で丸めて 差し出すかたちの 淡い玉 ネクタリン 甘い記憶を 産毛にくるんだ 持つ手に熱い 華奢な玉 わたしは わたしの 桃を 抱きしめる 遠い場所から降り 深い森を分け それは 真っ暗な淵からやってくる ひっきりなしに うばわれていくものを ひっきりなしに 埋め合わすため まるで もとから いたような まっさらな明るさを 引っさげて 春の天気図は 西高東低 木々も凍える きつい寒気も この夜半だけは 立ち止まり まろやかに 月満ちた腹を 撫ぜるかたちに 手をかざす ほら 夜が明ける 木枯らしは 行過ぎ 春のひかり 紅よりも赤い くだものの花が 瞼の先に 浮き上がる 今朝 わたしは ようやく それらの秘密に 手が届く