詩集「アメジスト紀」より

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単独なメロ


シーツには
 うっ血した夢の手足をたばねて結び
  ひそかにすてさり
ためいきをつく
あめのあさ
ばらいろの花がくつがえるよう ぼくは秘密の目蓋をひらく
砂を潜った涙をそえて
やわらかな二枚貝の見る(  彼女は至福の輝きの繭)
たえきれないぼくが変換する それ
かなしいといわずにそだてた真珠
虚空のうてなにゆらめきつづけるまばゆい結晶体なんだ
しかし ぼくはベッドを通過し
深海にでる
    つなを切る 闇のうねりになげうちまかせ
    微笑んでみる
     (かえせはしない)
     (ゆめにくるまれもどりはしない)

ひどく青を飲んでしまった
服や日付がばらばら落ちる
ひび割れが 床を走り去る
部屋には椅子もなにもなくなり
ひと番の眼球だけが つるりとにじみ浮きあがる
(すべりおちてもいいか ドラセナ)
ベランダの鉢に聞いている ぼく
そう ぼくは眼球なんだ

ぼく以外には合いカギのない
鈍色に塗りこめられてゆく
じりじりと犯されてゆく

つめたい真珠に みつめられ
ふたたびぼくへと くべられる
この幽閉
レンズが 割れてしまうでは

ピンボールの遊びでもはじめなきゃ
絶え間なく 移ってゆけるため
屈折へ請われる遮るピンや仕切のゆくへはどうするの?
だけどまったく困らないんだ
「昨日」の裾から写真は焦げて黒く固まり
右端 強く叩きだされては 暗がりへ ほらまた
うちあたる (くぼんでよどむ斜めの天井)
うなるスケジュールの誹謗をかぶって花瓶のばらがブリキになった
昨日を忘れてゆけそうにない
鈍い軌跡が 振動してゆく バーにうちつけられるたび
まるで 胸中に記憶する止まったままの扇風機?
モノクロの スチールの ずれ落ちずれ落ち旋回している奇異
な映像を抱きとめている
ゆらめきさえもそなわって
なんなく はじきかえしてくれるったら
ピンボール
鋼鉄のポップコーン序曲を挿入したくなる
フライパン に耳をよせてよ
ほら 多角な転調が ぼくの曲線をアレンジしてゆく
はしゃいで
器官のうらがわまで
ひとっとびする 回転にも耐え
うちつけられてゆくぼくの
ひびきがこんなに 蛍光している
潜在するサクレツ音を 見張って閉じているドアーの色 か
      あざが 浮き上がってくる

         「ひらかない唇のかたち」のドアーを
     くぐっても くぐっても辿りつけない
     ふりつもる塵の部屋べやを
     ぼくが 足跡をつけてゆく
     あさい沼をならべるように 青いぼくの歩幅の
     沼が
     冷たく 塵を踏んでゆく
     (それは無言の遺跡のように 透き通ってゆく
      かなしみだから)

みることのできない目の緊張
これ以上はと
静脈が考える
たぶん動脈よりも速く
イチゴジャムが瞳をながれる
うなだれがちの みえない指先を愛撫してゆく そのながれ

もっとさ 力を込めて 叩きだすんだ と赤く
唇にかすかに触れるささやき
あまりに虚構に過ぎるものを現実とよんだぼく の舌 に
こぼれる味は カミソリのよう 鋭く揮発していった



秋のプール


プール 張られた水にそって
図書館へ本を返しにゆく
とても濁っているプール
濁りが どろりとした 物語のように 緑を含み
物語の唾液のように 口腔の感触を滴らせる
跡がついている
コンクリートのプールサイドに とりのこされた影と足跡
ついさっき いや 以前 やはり 少し湿った 土の

         柵を越えてさ 遊んでいたから たったひとりだったし
         ビニールバッグの女の子 簡単 深いのに 滑ったことに
         し 何を覗きに 冷えた水だよ ごぼごぼ 誰もいなかっ
         た いいと思った みずしぶき 濡れた服にまとわりつか
         れて きれいな青空に抱いてやり 苦しみもがいて 飲み
         込んだ多量の水の責め 雲の流れが薄くついて やがて
         動かなくなった 髪が ゆれて とてもきれいな たとえ
         ば水のオーロラみたいな それはうっとりと冷やしたさ

プール とても静かに満ちて
靴は 浮き上がらない けっして

 (カサっと椿の葉を揺らし家の玄関を出る時だった。足もとに、きちんと折目
  を守り、にこやかに迫る朝刊。拒む。刷り上げられてた記事。「視線の糾弾
  20キログラムの大型シャンデリアに凝固。五人の女性をめがけ、頭上から落
  とされる」五名即死の事件記事。私は秘密にしようと思った。透視に裂けて
  血が垂れたのも、泣いているようにしか見えない。だから。靴についた血を
  拭い、私はつよくドアーを閉めた。)

十月 本を返しに 晴れてる
舗装された通路の朽ち葉に 同化するな

         私

抱えた本へ木漏れ日がとどく 緑が『人魚姫』をうつろう
足は危険な破線へと 踏みつのってゆく 痛み

   (はじめの一歩はどんなでしたか?)   
   「どうしてすごく痛いものだわ」
   (ギッ、と両足に裂けたのですか?)  
   「とても張りつめて澄んでましたわ ギザギザの統べる外へ裂かれに」
   (裂けたのですね 裂けたのですね)

         私 脆い歩きかた

白墨みたいに ぐずっとくずれる 粉をはきだす 黒板拭きかと
石段のぼる 擦れ違いざま 弾けるノイズにはたかれる
ギューンとスケボーで飛翔してゆく
赤いソックスの女の子 (乱れた髪がすごくキレイ)
誰も使わない秋のプールを鋭い角度で遠ざかる

    彼女は何も考えないで ひらひらっと着ている物を
    風のなかに放ってしまった
    昇天? 消えてゆく少女のあとを 金色の光がすばやくのびる
    すると 秋のプールが 感づき 胸をゆらして呼び掛けた
    (もう 僕と遊ばないの) 消えかけた髪が振り返る プールに映る
    「つかまった!」 「ほら、わたくしの勝ち」
    一部始終を窓からみていた 図書館の棚の本たちの 騒がしい喚声が
    わきあがる 「そこに何をかけてたんだ 遊ぶな」

靴は 浮き上がらない のだ

石段 思わずかけ昇ってくる 足裏 くっきり押し付ける
カードの日付の階段が
新しい音を立ててふえてく



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