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2011/8


[夏は水族館]


8月27日
 私は水族館がとても好きです。
水の浮遊感や光のような生きものをみていると我を忘れてしまう。
無意識にさえのぼってこないような生きものとしての海の記憶が呼ばれるから、
とあとづけの知識でいってみても、届かない。
まるで眠っているような感覚。でも手は忙しなくカメラのボタンを押し続けていて
人ってずいぶん離れ業のように分裂した行為ができるようになっているのだなあー、
と感心します。
 
 水族館にはカワウソやカピパラもいて、あまり表情のないこうした子たちが好きな
こともあって、じっとみつめてしまいます。手をふって長く見つめていたら、
じっと動かないでいたカピパラがくっとこっちを向いてすこし背筋をのばして
ポーズをとってくれた。はっきり反応してくれたのが嬉しくて、何枚も撮っりました。
そして硝子の縁にそって移動し、また手を振ると、カピパラはまたくっとこちらへ顔を向けて
くれた。これは間違いなく私を見てくれているのだ、と大感動。離れ難く思いつつ
たくさんの子供達や観客の流れにのって次ぎのところへ流れてゆきました。



[お知らせ]

共同通信のコラム「詩はいま」8月に、橘上詩集『YES(orYES)』(思潮社)、
 國峰照子詩集『ドン・キホーテ異聞』(思潮社)について書きました。
地域の新聞に配信されましたらよろしくお願いします。



[翻訳の問題]

8月14日

パリ展の作品作りをすすめている。

パリでの展示で、どうしても難しいのが、翻訳の問題があるということ。
日本語と写真を組み合わせて作品にし、それを送ると、ギャラリーの人が
(日本人とフランス人)翻訳したものを添えて展示してくれる。

そのとき、例えば「透明」という意味でネコの「澄んだ瞳」としたら
「純粋な瞳」という意味のフランス語になっていたらしく、
ネコの目が純粋? それはおかしい、と多くのパリの人の反応が
あったというもの。 私は去年はパリへ行かなかったので
現場で訂正してもらえなかった。
そしてパリの人達は擬人化を嫌う傾向がある。

なので、評価された作品もあったが、その影響で購入されなかった、
とギャラリーの人からあとでメールの知らせをもらった。

今年もパリへ行かない。
どういう言葉にしたらよいかナーバスになる。

(できるだけ注意して言葉を選び、あとはヤリタさんがいるときは
対応をお願いしたい。その後はどうしよう。ギャラリーに国際電話を
かけて様子を聞く、ということでどうだろう。)





[詩「上弦の月」]

8月11日

    上弦の月
                                     北爪満喜


暗い夜のような空から 長い階段が降りてきた
 
降りてきた長い階段は 広場のようにどこか明るい

階段の上からやってくるのは
カササギ ウサギ シマウマ クマ

階段の上を 弧を描き
上弦の月が移ってゆく 

空に浮かぶ月に答えて ウサギたちが跳ねまわる  
背中の縞を輝かせ シマウマがサファリの匂いをはなつ
階段の遠くで立っているのはクマにみえる が人かもしれない
羽根をひろげてカササギが 天の川に橋を掛ける

降りてきた長い階段の一段一段をノボってゆく

ノボっていると地上から漣の冷たい音が聞こえた
川が流れて小さな堰が白い滝をつくっている
川には橋が掛かっている
橋を歩いて滝を眺める足音が群れて響いている
行き交う橋の足音から
たった一つが 聞き分けられる

知っている あれはイオの足音
爪先を流れる川に向け 白い水を見つめている
イオは周囲からときときずれる

イオが周囲からまたずれた
イオが指で四角を作って見えないカメラで撮っている
鳥が鳴いている 魚が跳ねる
イオは何を撮ったのだろう 私には 覗きこめない
一歩ノボる
イオの指が四角をつぎつぎ作ってゆく 四角の中には何がいる?  
一歩ノボる
生臭くて乗せられないものは階段の通過する斜面にならぶ
一歩ノボる
ノボっているのにイオの指が近づいてくる
一歩ノボる
隔たったまま 私の指がイオの指と 触れずに重なりあってくる
一歩ノボる
滝を見ながらいつしかポケットのカメラが手にある
私は橋の上にいた、

月が見える 上弦の月
川の真上に月は昇って
私を限る橋の欄干
限られて あたりが明るみはじめた

風が吹いて河原に生えた草の葉がさらさら揺れだした
夕方の川が銀色になる
混じり合い橋を渡る足 靴の足 サンダル スニーカー  ビーチサンダル
風が河原の草を揺らす ジシバリ すすき 枯れかけたしろつめ草
修学旅行生がシャッターを押す音
私の中で18歳の指が 固い小型カメラのフィルムを巻き上げる 
小さな滝音
汗が光る
橋の欄干に汗が落ちる 修学旅行生や 私やイオの
滴って 落ちる 汗が光る
夕暮れの蒸し暑い照り返し 反射のなかで 
影なにる 水も鳥も石も波も
汗の雫が氷のように 固く光る 滴って
透明に固く 光る 水晶 滴って 光る
跳ね返す 月


カササギ ウサギ シマウマ クマ
淡く輪郭を光らせて 
しずかに華やぐ階段が
見上げる空で 
白く光って
天の川に溶けてゆく