今月へ



[空き地の草/月]




......

10月30日
秋が急に深くなったような気温。虫たちも変化があるのだろう。
細いアスファルトの道の中央に、もう飛べなくなったのか、蝶がじっと
とまっていた。ちょっと出かけたときに見て、用事を終えて帰ってきたら
まだ同じところで蝶はじっと羽根を立てていた。こんなところにいたら
もうすぐ轢かれてしまう。あの蝶の最後の一日が今日なのかもしれない
と思った。広げて考えないようにして通り過ぎた。夜になって雲のなか
に月が見えたり隠れたりして、幽玄な空があらわれていた。

[10月のおわり]






10月24日

10月は母の月。10月31日が誕生日だった母。10月1日に亡くなった。
10月はこの街では大道芸も夜のお祭りのようになる。火の痕跡。
人の熱の火。人の中で静かに燃えている熱が、秋の空気のなかでくっきりしてくる。
つめたい水も花のなかで燃え、花を咲かせる。


[耳を澄ますと]



 10月22日


耳を澄ますと
               



車の走る音が立ち止まる足元から零れ落ちて遠くなる

耳もとで人の話す言葉の意味が壊れてゆくと
陽差しがひび割れ
白い霧だけが覆うなかに
たったひとりで立っていた

わたしへ届くものがなにもなくなってしまったのに
消えることができない

白い霧しか見えないところで
それでも
心臓の音が聞こえる

なにも見えない濃い霧をゆけば
どこからか闇に入ってしまう
そうしたら立ってさえいられないだろう
心臓の音に意識を集める

収縮するリズムに耳を澄ますと
永く寒さの続いた森で
骨の枝で
たった一輪 咲く薔薇が
幾重にも柔らかい花弁を巻きつけて
鼓動を打っていた

膨らみしぼみ繰り返す
繰り返すリズムが波を作って
薔薇からわき起こる
波紋の円が
懸命に白い霧を広がってゆく
霧の外をめざしながら
うすくうすく広がって 
ふるえながら波紋の最後が
かき消えようとしたちょうどそのとき

かすかに
波紋に触れた言葉が 
きらりと 小さく霧を切って 
赤い と 鋭く落ちていった

足元へ血がしたたったのかと
はっとして目を落とすと
交差点で立っていたのだ
信号機には赤が点って
わたしはスニーカーを履いていた

黒いアスファルト
この靴で
幾つもの靴先と向き合って 
話しをしたのだ
ざわざわと 街の音が帰ってくる

歩いていって 
また 向き合うことが
できる
擦り傷の付いているスニーカーで
鼓動のように地面を蹴って








[お知らせ・野川朗読会]


10月13日土曜日
野川朗読会に参加します。
どうぞ、いらしてください。


  



[隙間の月/石のコスモス]




10月5日

スーザン・ソンタグの『写真論』晶文社刊を読む。

スーザン・ソンタグの言葉は味わい深い。 
「充分な時間を与えられれば多くの写真はアウラを獲得するものである。
(カラー写真が白黒写真のようには年を取らないという事実はカラー写真が
まともな写真の趣味においてはつい最近まで重んじられなかった理由の一端
を説明するかもしれない。」


お知らせ

共同通信コラム「詩はいま」に現代詩文庫『川口晴美詩集』、
『松尾真由美詩集』(思潮社)、望月遊馬詩集『焼け跡』(思潮社)
について書きました。地域の新聞に配信されましたらよろしくお願いします。