SN056JP vs The Great Sabaki

第1譜・古今宿敵伝

1999年10月 於「yahoo初級ラウンジ」
 黒 sn056jp (5目半コミ出し)
 白 the_great_sabaki =自戦記

第1譜 6手(通算1−6)

 趙治勲と淡路修三。私は、現代の碁の最高の組合せはこのカードだと思う。まさに「宿敵」の典型だろう。NHK杯などであいまみえる時の両者は、闘志が全身から漂い、その表情からは時として喜びさえ感じられる。お互いにもっとも燃える相手なのだろう。囲碁の世界では、古くから、元丈vs知得、丈和vs幻庵、秀甫vs秀栄、呉清源vs木谷実、坂田栄男vs藤沢秀行、大竹英雄vs林海峰、趙治勲vs小林光一…など、数え切れないほどの「宿敵」カードが存在する。
 囲碁を離れると、戦国武将では武田信玄vs上杉謙信、『三国志』の曹操vs劉備、格闘技ではJ・鶴田vs三沢光晴、藤波辰巳vs長州力、ピーター・アーツvsアーネスト・ホースト(アーツの宿敵はホーストであってベルナルドではない)、格ゲーではリュウvsケン、さらにアニメではコブラvsクリスタル・ボーイ(アニメではこれほど「宿敵」という言葉があてはまる組合せは意外に少ない)といったカードが思い浮かぶ。これらに共通することは、よく見ていると、彼らはその宿敵と戦う時が無上の喜びに満ちているとしか思えないことである。宿敵との対決だからこそ、彼らはふだんの力以上のものを出す。そう、彼らは「宿敵」でありながら、同時に「恋人」同志なのだ。
 sn056jpさんにはいささか迷惑な話かもしれないが、私にとっての宿敵は、まさに彼をおいて他にない。yamasakiさんでも、ましてやfoohonさんでもなく、sn056jpさんしかいないのだ。「西の殺しの雄」sn056jp対「東のシノギの魔人」T・G・Sabaki―これだけお互いの棋風ががっぷり噛み合うとは、まさにお互いがお互いのためにこの世に生まれてきたとしか思えないほどだ。snさんは、謙遜して「2子か3子置かせてもらわないと…」などという。たしかに、19路盤で打てば、「向こう先」で互角に戦えるだろう。序盤にパンチを決めさせなければ、長い道中の間に、必ず捕まえる自信はある。少なくとも、コミは絶対に出させない。しかしそれは、知識・テクニックがものを言う19路盤での話である。本能的な読みで圧倒してくるsnさんに13路、特に白番で勝つのは至難の技である。この人の強みは「本能的な読み・戦闘力」の異様な強さである。天性の力、というやつだ。hiromistarsさんと同じタイプである。ちなみにhiromistarsさんとは、私は19路であれば二、三で戦えるだろう。しかし、13路でははっきり言って打ちたくない相手である。私がテクニックを駆使する前に叩きのめされる危険があるからだ。二、三の手合い差であれば、棋力の劣る側にも充分チャンスがある。とりわけ戦闘力が強い場合、有利にすらなってしまう―。これこそ「13路の魔物」(「K−1の魔物」にひっかけた表現である)というべきである。
 さて、局面に目を戻すと、黒3と、白の意表をついた。snさんが三々…。白はともかく自分の流儀を貫くしかない。4と両三々を占める。黒5のカカリに白6のハサミは、sabakiの趣向である。


第2譜・実戦的決め方

第2譜 13手(通算7−19)

 黒1以下5まで、いやおうなしに決める。部分的には黒損なような気がするが、snさん独自の実戦的な決め方である。何より変化の余地がない。ただ、白2では、3の点にワリコむとどうなるのか。難解だが、黒2から1の1子を捨てられるくらいでも黒ペースになりそうなのでやめた。13路は、部分の戦いがすぐ全体に及ぶので、定石などの概念は時として邪魔になる。
 黒7に白8とツケたのは、厚みを囲わせ凝り形にする意図。しかし、それなら白10では8の上にヒクべきではないのか。9の右にノビキられても大したことはない。7の下切りとAのノビキリが残っている。実戦ではこの点を黒から叩かれてしまったが、そもそも白8でもすぐにここに打ちたいほどの好点である。ここに白が打つことにより、下辺の白に対するキキがほとんど消えている。左上を多少イジメられても、盤の右半分で今後思う存分暴れられる。また、左辺の黒も存外威張れない。へたに左上の白を攻めて、白がここにはみ出してくると、黒の方が薄くなるのである。まず自らを安泰にし、そして後の逆襲を狙う…。シノギの碁では、こういう点を逃してはいけない。
 白10とツケノビたため、黒11から13と迫られた。早くも豪腕・snさんペースである。
 黒13で1路左に寄せると、白は12の右タケフが余儀ない。そうなると白7の下の切りの狙いはさらにものが小さくなる。しかし、白をがっちり固め、後に右上方面への侵入がいやらしい。やはり実戦の黒13がいい。このあたりの呼吸は、ほとんど読まないで打っているのだろう。さすがわが宿敵、というべきである。
 
 


第3譜・必争点

 【参考図】
 ┌┬┬┬┬┬┬┬
 ├┼┼┼┼┼┼┼
 ├◎○○35●┼
 ├┼●24
 ├┼●○○●
 ├┼A●●○┼┼
 ├┼┼┼┼┼┼┼

第3譜 16手(通算20−35)

 上辺を迫られ、白1と左辺の黒の断点を強調する。しかし黒はかまわず2とオシ上げ、勢力拡大をめざす。7の左からの出切りも狙っている。白3は気合から言っても当然のオサエ。黒4の切りに白5はどうだったか。黒からの出切りは【参考図】黒1以下黒7までシボリを甘受しても、いずれ黒はAに手が戻る(ツグ)。それから左上の白を活きればよいので、先に実戦16の点をノビキってしまうのも有力ではなかったか。もっとも、こうなった場合、参考図の◎の石が無駄手になる。とすると、さかのぼって白1(通算20)が問題だったか。
 黒6に白7も筋が悪い。ここは9とタケフする一手だろう。いずれ9は打たなければならない。ならばはじめからここに打っておけばよい理屈である。黒8まできかされ、黒10とこちらをカケツガれた。白は11から黒2子を取って左上をおさまらなければならない。黒12、14とまたもキカされ、ついに黒16―。必争点である。
 ここに黒石がきて、黒の優勢がいよいよ明らかになった。こうなるのであれば、白11でも16ノビキリを打ち、黒が左辺を守ってから活きに行くべきだった。この碁では、常に16の点が必争点だったのである。


第4譜・全局をにらむノビキリ

第4譜 10手(通算35−44)

 黒1のハネ、絶好点である。ここに打たれては白、大いに遅れることになった。白2。こういう不自然な手を打たねばならないことが、白の苦しさを物語っている。黒3は面白い手だった。二重キカシの筋というやつか。白は4と叩いて味を残してから6と戻る。しかし黒7が絶好の切りで、白8と黒の1子を制したふりをしてはみたものの、続く黒9ノビキリが大きい。黒は石が張ってきた。
 左辺から中央一帯にかけて盛り上がる黒地はものすごく大きい。多少の味はあるものの、狙いはだいぶ先の話だ。このまま右辺や右上・右下両隅をもまとめられてしまうと、大差の碁になる。白はなんとか右辺あたりで策動したい。しかし、黒9が全局をにらんでいる。上辺・中央はもとより、右辺もそんなに強くは踏み込めない。
 白10―。せめて自軍の石があるところから、少しずつ侵食していくしかない。少々脅しをかけて、あわよくば下辺を大きくまとめ、右辺にも進出の足場を作ろうと、いっぱいに頑張った手である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


第5譜・変調

第5譜 16手(通算44−59)

 白1に黒は2とハサミツケ、以下4から8まで、あっさり隅を捨てた。冷静な判断である。下辺の白は味が悪く、腹中の1子がいつ暴れ出すかわからない。しかし、黒はその味を捨て(と言ってもヨセには活きる味である)、右辺をまとめた方が勝ちが早いと判断した。好判断である。黒2の時点で、toubiさんは「細かい」と呟いたが、私には到底信じられなかった。黒2でうまく右辺を止められ、どうやっても大差の碁だと思っていた。しかし、toubiさんがそういうのならば、とばかりにもう少し粘ってみることにした。それでも、少なくとも「黒、容易に負けない」形勢であることは確かである。
 白7のオサエはどうだったか。9と打ち、さらに黒7ならそこで17からの出切りを敢行する…。しかし、それなら黒は7と出ずAの点に打って守るだろう。あえてこう打って、黒のダメをつめておきたかった。しかし、実戦でも、やはり白9が省けず(黒から9に切られると隅に地を持って活きられ、右辺の出切りも不発になる)、白後手である。白は何を考えていたのか…。
 ところが、ここで黒10が、ここまで好調に打ちまわしていた黒の、初めての変調だった。黒Aと、右辺を大きく囲いながら守って、なんのさしつかえもなかったのである。これで中央の味も消え、白は右上に殴り込んでいって、黒それを仕留めてKO、となるはずだったのだ。黒10は、いっぱいの働きを追求してひねった、工夫の一手であるが、考え過ぎだった。
 しかし、続く白11がとんでもない悪手だった。黒12、当然とはいえ、好手。この1手で隅と右辺の策動を、すべて封じているのである。完全に黒が読み勝っている。これでは黒10の1手がむしろ働いてくる。

 黒16では、Aに守って勝ちだろう。ここからの白の出切りが黒の唯一の懸念材料である。


第6譜・鬼手


    【参考図】
 ┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐
 ├┼┼┼○●●┼┼┼┼┼┤
 ├○○○○○●┼┼┼○┼┤
 ├○●┼○●┼●┼●┼●┤
 ├○●○○●┼┼┼┼┼┤
 ●○○●●○┼┼10●┤
 ├●●┼┼
 ├┼┼┼┼○●●●○┼イ
 ├┼┼┼┼●●○11○●●●
 ├┼●●●●○○┼○○○●
 ├┼○○○○┼●○┼●○○
 ├┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┤

第6譜 7手(通算60−66)

 白は半ばやぶれかぶれで、1、3の出切りを決行した。これに対する黒4は大いに問題で、本来即逆転であった。【参考図】白1がきき、すぐにも白3がきびしい。ついで白イからのオイオトシを避けて黒4とダメをつめて受けざるを得ない。すると、白5以下11白まで、黒のダメがつまり、中央に穴があく。黒6で1路右でも、白7(これが常に右辺にきき)黒8白10で黒の取られである。左方のききがからんでいるため、黒は不用意な受けをすると一発でつぶれてしまう。黒4では、3の右にアテておかなければならなかった。白6なら黒は4の左にツギ、白のダメをつめておけば問題ない。
 しかし悲しいかな、白はこの手に気づかず、実戦白5の方できかした。黒はすかさず6に手を入れる。右辺の味悪に気づき、左方に手なしと見て備えたのだ。
 これで形勢は地合いで大差、よほど譲ってもチョンボさえしなければ黒容易に負けないと思われた。それでもせめて作り碁にしようと、長考一番、sabakiが必死に脳漿を搾り尽くして放った白7の一手が鬼手だった。まさに「毒霧の一手」である。


第7譜・敗着

  【参考図】
 ├┼┼┼○●●┼
 ├○○○○○●┼
 ├○●┼○●┼●
 ├○●○○●┼┼
 ●○○●●○┼┼
 ├●●┼○┼
 ├┼64┼○●
 ├◎┼┼┼●●○
 ├●●●●○○
 ├┼○○○○┼●
 ├┼┼┼┼┼┼┼

第7譜 13手(通算66−78)

 白1は上級者にはなんでもない手だが、このクラスにとっては、まさに「鬼手」と言ってもいいだろう。白1の石を取ることはどうしても不可能である。【参考図】◎に対し、黒1とさえぎると、とたんに白2でしびれる。黒3には、白4とひっぱりだしてつぎに5と6が見合い。黒5、白6となったとき、◎が働くのが自慢。これがないと白6には無論黒6の左マガリで、白がダメヅマリで取られる。
 したがって、実戦譜黒2の譲歩は余儀ない。白3とワタり、とりあえず最後まで作ってみてもいい碁にはなっている。
 続いて黒4と、またも譲歩。堅すぎる気もしたが、確かにちょっと気持ちが悪い。黒は堅すぎるくらい堅く打って負けはないと見ている。しかし、白5とノビたのに対して黒6と欲張ったのは大変だった。この手が本局の敗着である。むろん、逆に白6と先手で打たれ、しかも白が3の下のところに手入れしなくてよくなるのが気に入らなかったのだろう。しかし、これはたちまち白7のキリコミを食って、黒8に白9とされ、はかりしれない損をした。しかも白11と手をのばされ、どうも後の手入れまで違ってきそうだ。
 白13―。白の指がしなるような一手である(もっともマウスクリックする手がしなるとも思えないが…)。


第8譜・名局

第8譜 10手(通算79−88)

 黒が左辺のコウに負けると逆転である。で、当然1とツイで頑張った。ここで白が5に打って手をのばせばどうなったのだろう…。黒にとってすこし厄介なことになったかもしれない。しかし、sabakiはそういう手にまったく気がつかない。甘いものである。白2と俗にアテて、4とツグ。黒5は不要ではないか、というのが終局直後のsabakiの感想であるが、これは見損じ。しかも、前譜ですでに白が逆転していることにも気づいておらず、前譜黒7の勇み足にしても、追いつめられているとの黒の危機感がいっぱいの手を打たせていることにも気づいていない。前譜のはじめの方まで、「この局面で自分が黒だったら、どう打っても負けない形勢」などと考えていたのだ。なんというあさはかな読みだろう。sn056jpさんの方が、はるかに情勢判断が正確だ。第7譜直前で白と黒を入れ替えて打ったら、sabakiは楽敗しているだろう。
 本局終了後、sabakiは「勝たせてもらった」などと暴言を吐いたが、これは対局相手に対して大変失礼な発言であり、碁を愛する者にあるまじきことである。気のいいsnさんは「勝たせたつもりなんかないよ」の一言で聞き流してくれたが、後日、この碁を研究してみて愕然とした。snさん、本当に失礼しました。この場を借りてあらためてお詫びしたい。m(__)m それもこれも、すべては私のあまりにひどい形勢判断と読みのなさに原因があったのである。ご容赦願いたい。
 結果は、黒5に手が入り、白6、8の決勝点のハネツギにまわって盤面黒5目、白半目勝ちとなった。
 しかし、勝ち負けよりも、変化あり、鬼手ありそして最後は半目勝負と、いつものような乱闘にならなかったことも含めて、本局はこのカード「異例の名局」と言ってもいいのではないだろうか(snさん、そういうことにしておこうよ!)。この2人でも、こういう内容の碁が打てるのだということを、yahoo碁界全体に声を大にしてアピールしたい。
 なお、この碁では「勝利の舞」は出さなかった。「勝たせてもらった」と思っていたから、というより、こういう碁は本当に消耗するものであり、終局時には精根尽き果てていたのである。「勝利の舞」は出せなかったというのが真実である。苦戦の末回転エビ固めで勝利し、3カウント後リング上に大の字になっているようなものだ。しかし、その後snさんは「もう1局打つ?」と平然と言ってきた。なんてタフな人なんだ…。(^^;)

88手完 白半目勝ち


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