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北爪満喜 詩と写真展 【水はわすれている そしておぼえている】


 

【水はわすれている そしておぼえている】

2012年4月11日−4月23日  11:00〜19:30 
ポエム・ギャラリー・カフェ「中庭ノ空」(練馬区旭丘1-27-1)      

          ※4/14(土) 営業時間13:00〜19:30
            4/16(月) 営業時間14:00〜19:30
            4/17(火) 定休日

『水はわすれている そしておぼえている』というタイトルにしたのは、この一年、
日々水面を多く撮っていたからでした。PCに整理したファイルを見てゆくと、水面が
映った写真のなかに、気持ちに入ってくるイメージを多く見つけられたのです。
撮ろうとした日々、水は常にカメラのレンズに映り込んできたのでした。
ほとんどしずかな水です。そして、言葉化しない行為のその場も、2011年3月11日後でした。


     主に水面の写真と、これまで詩集などに書き、自分の記憶からはもう
     沈んでしまっていた水に関わる言葉を引き出し、出会わせる。





上の写真は搬入の日のものです。あたりが暗くなってきて街路樹の満開の桜が映りこむ。
窓には和紙で展示しました。店内からは裏から見ることになります。和紙は透けるので
写真の映像は幻想性を帯びてきます。


 この一年、水面をたくさん撮っていたけれど、それは川や池や沼だった。水面が
気持ちに入ってきたのは、大津波のあの繰り返された映像があったからだと認識している。
海は撮りにゆかなかった。海面を撮ったら、今、自分の内側にかかえているものと違って
しまう。あの映像に負けてしまう、という位相の荒い対比になってしまう。いま抱えて
いる水はもっと複雑だ。災害のあの襲いかかる水を思い出したいのではないが、水を見て
しまう心性を生きている。水を見てしまうのが私の今。3月11日のその後を私は生きている。
水を見ながら、乗り越えようとしているのかもしれない。水はもっと違うものだった。
もっと多義にわたってたいせつな水。言葉にさまざまな顔で現れた水。しずかな水を撮りながら
私は、奪い返そうとしていたのかもしれない。あの繰り返し襲った水の映像によって傷つけらけた
水から、水を。水が、気持ちに入ってきている。

● 展示について→メモリーズ2012年4月

ギャラリー古藤の古藤店主のブログ で紹介され
 
練馬桜台情報局 展示風景が紹介されてます







北爪満喜(Kitazume Maki) プロフイール
詩集
1988年『ルナダンス』書肆山田/1991年『アメジスト紀』思潮社
1993年『虹で濁った水』思潮社/1997年『暁:少女』書肆山田
2002年『ARROWHOTEL』書肆山田/2005年『青い影 緑の光』ふらんす堂
2010年『飛手の空、透ける街』思潮社
歴程同人 詩誌「モーアシビ」同人

・2011年4月から共同通信の詩のコラム「詩はいま」を担当している。
・2007年−2008年 毎日新聞「こころをうつす短歌 俳句」の写真を担当。

2007年10月−2012年4月現在
「北爪満喜・通路の詩と写真展」銀座3丁目 銀座サニービル通路 常設
ただいま、「通路の詩と写真展file.9」。4月30日まで 。
昨年9月にパリ、ギャラリーサテリットで開催された
「第10回ヴィジュアル・ポエジー展」の作品を展示してます。
ぜひこちらもご覧ください。