今月へ
[ピンクとブルー]


10月27日   
 きょう送っていただいた詩誌「ガーネット」41号で嵯峨恵子さんが会社の実状をブラックユーモア
を交え詩にしていた。「平凡な男」。「スパイ・ゾルゲ」の映画を見て映画館をでると、その男がいて
男は営業部長だった。会社の人事で自分の実績をあげるためにリストラをする。その男が
実績を上げるたびに、病人がでた。若い社員が首を吊って死んだ。重役昇進までに四人の社員が亡く
なった。そうした男が、私がいまみてきた「スパイ・ゾルゲ」を同じ映画館で見ていたのだ。が、映画で
語られた認められることなく信念を貫き通して死んだ男たちの物語と共通点があるとは思えない、と
「私」は切る。詩にはある種ひらきなおった会社員の「私」の社会批判があるけれど、それは
具体的な事柄が列挙されるのみなのでかえって訴えてくるのだった。「物語が終わるように。男の会社物語
もここ数年で幕を下ろす。(略)役職や肩書、会社という枠を外された後、男の周囲は欠落する。」と
「私」はいう。こうした相手を位置づける言葉で嵯峨さんは詩を書ける。恨みや遠慮などのウエットさが
ない。それはある種の成果なのではないかと思う。嵯峨さんの詩は自分で稼いで生きてきた人生を反射板に
しているのだと思った。



[ベルギーの人の大道芸]


10月26日
 広場から広場を渡ってこのベルギーの人は大道芸をしながら、いまここにいる。
絨毯をひろげる。いろいろな国のさまざまな広場に載せられたのだろう絨毯。それは
相棒のようにしっかりとベルギーの人のそばにいる。

[まじる]


10月24日
 リハビリの帰り、通りすがりに密集した黒い斜線があった。すごい。この影は気合いが
はいっている。鉄にだって負けていない。

 朝まで生写真 26日 23:59まで  「勢いで女子3人、走ります!」
  いってみてください若い写真家のコラボです。

[光の帯・光のたもと]



10月23日
 一日のはじまりに、痛みに問いかけられる。いること。体が有ること。だんだん衰える身体を
かかえて、いまこんな生活にいること。なぜ詩を書いているのか、とうっかりいいそうになり、
どんな詩をかいていこうかだったと考えを直す。考えも姿勢をただすと落ち込まない。楽しくなる。
おなじようにデジタル写真が撮りたくなることも。とりあえず撮りたい。撮りたくなる。そして
発表してみる。いまの生活からはじまっている。映像の距離から考えるものと言葉で距離をとって
詩を書きながら考えを発見してゆくこと。それは飛ぶこと。ここで、飛ぶこと。

ぽえむ・ぱろうる で「ザ・メモリーズ」創刊号、完売。
 最新号の3号が置いてあります。



[のせてゆく]


10月22日
 両肩が痛くて整形外科に通う。薬を飲み、マッサージを少しして首の牽引のリハビリ。
私は療法士の人に問う。季節の変わり目だからでしょうか。パソコンするからでしょうか。
そういえば車椅子を押したりするからでしょうか。療法士さんは、矢つぎばやの私の問いに、
おだやかに答える。どれというのではなくいろんな要素がかさなってます。生活習慣病です
から。こんなやりとりをして病院を出たあと、なんだかテレビの化粧品のコマーシャルを思
いだした。化粧水は?乳液は?肌ががびがびになりませんか?と問う女の人に、コレ一つで、
と一つの商品を渡す白衣の女性。確かにどちらも一つの答えが渡される。首を牽引すると
少し楽になった。

鈴木志郎康さんと石井茂さんに写真展へ伺った。黒い部屋にピンホールカメラで撮った作品
と魚眼レンズで撮った作品が並ぶ。写真集の中に体ごと入ったような空間。どきっとする。
志郎康さんがいてお目にかかれた。ゆっくり見て回ると魚眼の歪みはやはり面白い。朝顔が
中心で咲いていて回りの建物がきゅるっと歪んでいるものや、都市の狭いコンクリートの川
とビルが曲がっている写真が特に面白かった。きょうは薬が効いていて少しぼーっとしてい
ていまいちの鑑賞になってしまった。
渋谷 ギャラリー LE DECO 26日までです。 
鈴木志郎康のサイト「曲腰徒歩新聞」に詳しく紹介があります。


最近見ているコラボです
以下はいただいたお知らせです。

現在開催中の国際ウェブフォト・コラボレーション
『 L O C A T I O N - Tokyo and Vilnius day match 』

「リトアニアの首都ヴィリニュスに住む写真家、イグナス・ウルボナスと
 佐藤淳一が、おそらく史上初の国際ウェブフォト・コラボレーションを
 展開中です。この新たな試みは9月17日にスタートし、さまざまな細か
 い実験と調整を経て現在、33日が経過しております。」

「このコラボレーションはアジアとヨーロッパの二都に住む二人の写真家
 が、毎日一枚ずつ、それぞれその日の画像をアップロードし、それを突
 き合わせるという単純な趣旨のものです。しかし単なるマッチングでな
 く、マウスの動きによってクロスフェードする仕掛けになっていいるた
 め、二都のイメージが今まで見たことのない奇妙な重ね合わせとなって
 現れます。また過去の画像はランダムに呼び出すことができ、その際に
 日付をシンクロさせれば単なるアーカイブ、シンクロさせなければまた
 新たなイメージの重ね合わせをその場で作り出すことになります。簡単
 な操作ですのでぜひお試しください。
 一日一枚ずつ、ゆっくりしたペースです。お時間のあるときにでもお立
 ち寄りいただければ幸いです。」

東京-ヴィリニュス・国際ウェブフォト・コラボレーション
『 L O C A T I O N - Tokyo and Vilnius day match 』

期間●2003年9月17日 〜12月25日(100日間)
場所●スクリプト効果の関係上、直接アドレスは公開しておりません
   http://jsato.org/ 
   または
   http://www.photoart.lt/ 
   上のリンクからどうぞ

「*お手数ですが、ご覧になるには最新のFlashプラグインが必要です。
 *Flashデータがリトアニアのサーバ上に置かれている関係で、読み込
 みが遅かったり、時間切れになることがあります。そのような場合、
 時間帯を変えて再アクセスをお試しください。」



[雫の向こう]


10月18日
 にじんでいるのは世界のほう。私ではなく。

   (肩を痛めてしまった。マウスを使うのも辛い。こまった。
   寝がえりもできなくてわけのわからない夢を多くみる。)

 塩田千春の展示が初台のケンジタキギャラリーで開かれている。
「その声の向こう」11月12日まで。
横浜トリエンナーレでは8mもあるドレスから泥水が流れ落ちて
いる作品だった。こんかいは黒い毛糸を幾重にも張り巡らした部屋
。歩いて部屋に入ってゆくと黒い糸の時間がしずかに饒舌に訴えて
くる。身体の欠けた空間が絡んだ黒い糸の奥からさまざまなことを
考えさせる。いることの繰り返しを部屋やベッドが記憶していてく
れる安心感と、からみつく闇の怖さの両方に惹かれた。

[回ったら]


10月15日


「回ったら」

何か考えながら歩いていた。
考えながら歩いるいてるとココデユキドマリデスという声に降られ、
ユキドマリ、ユキドマリと霧につつまれ寒くなる。
先の見えない寒い霧からこまかな雪の結晶が舞い、
そうか冬になったのか、ならばバスに乗ってゆこうと思う。
思いだけは霧のなかでも延びて先を開けるらしい。思いに添って期待をかけると
ここでおかけなさいとでも言うように道にベンチが浮かびあがった。
かけようとすると隣に丸いバス停の表示がみえてくる。
なんだやっぱりバスなら行けるんだ。
バス路線はカラフルに交差する線を光らせる。カラフルな線を見ていると、
道の向こうからやってきたのは、オモチャのように小さいバスだった。
一台、二台、三台と、やってきたバスはみな小さい。
小さくてとてもの乗りこめない。バスがほんとにオモチャなのか
ワタシが巨大になってしまったのか、わからなくて戸惑っていると、
とまどいの耳の戸を叩き、乗れないならツマリトマリデス、と追いかけてくる声がした。
追ってくる声は何だろう。それはツバキトマリデス。えっ。
椿泊ならしっている。前に旅行で行ったから。ひとりの旅で
すこし疲れて、花の名前の町で泊まった。
ワタシは考えに運ばれてこんなところへ巡ってきたのか。
乗れないなら、ここで泊まってみようか。考えを木に留まらせる。
椿の花の木にとめる。気に留めていれば泊まっても、考えを掛け違えることはない。
だから眠ってしまってもいい。
ワタシがもしも巨大なら星が髪の間にのぼって、雲が胸を抜けるだろう。
それは夜のなぐさめだろう。
ゆっくりと霧が晴れるまで、月がのぼって、鳥が飛んで、しずかに季節を回ったら
考えが開く。木の枝で、春を得た椿の花のように。
そしたら、ぽたりと枝から降りて、いちど大地にキスをして、また歩いてゆけばいい。
                                (10/16)


[青い光]


10月11日
 地下鉄から上ってゆく夜。地上に出る間際、青い光が迎えてくれた。
 
DVDでイスタンブールの映画「遙かなるクルディスタン」をみる。
「遙かなるクルディスタン」はトルコの内側から、トルコの現状を伝えてくれる新しい映画。
政治的なものではなくイスタンブールの美しい映像の青春映画だった。監督は1960年生
まれのトルコ人女性イエスィム・ウスタオルフ。これまでトルコのことはよく知らなかった
けれど近い世代の映画でそれなりに身近に感じられ見て良かったと思う。トルコではクルド
人がいわれのない抑圧と弾圧をうけている。そこでの若者たちの愛や友情は困難を極める。
それを乗り越えてつよい信頼の絆をみせる映画だった。ドイツ生まれのトルコ人の女の子ア
ルズとクルド人の純真な青年メフメット、友人ベルザン。ルーツの違う3人の助け合う姿が
うつくしかった。映画は外国で賞を得て話題になったが、トルコ国内では、評論家もメディ
アも無視したようだ。上映も監督が自前でフィルムを持ち込んで上映させてもらうという苦
労があったらしい。内側からトルコを映すということは大変勇気のいることだと知る。撮影
はヤケク・ペトリキ。クシュトフ・キェシェロフスキ監督とのコンビですばらしい映像をみ
せてくれた人だ。この映画も胸にしみるような映像だった。


[葛西臨海水族園]







10月9日
 渋谷駅から、りんかい線という新線が繋がった。品川の先から海底トンネルを通って
新木場駅へ行く。ここで乗り換えて京葉線の各駅停車にのれば葛西海浜公園駅へ行ける。
海底トンネルにはいってどきどきしたけれど、もちろん車内にアナウンスはない。通勤
線なのだから。海の下のトンネルで頭上の海水を想った。海にも地下鉄が走っているな
んてとても考えにくい。新木場駅は高架のホームでとても風がつよく寒かった。海が見え
ると晴れていたので、波がきらきら輝いていた。海にでて想ったことは、海は広いとい
うことじゃなく、海の空は面積が巨大で空が広いということだった。屋根と屋根の間から
みていた空。そこでの生活で煮詰まってしまった感情が、ひろすぎる空の下でちいさな
ちっぽけなものになる。水族館の魚たちのなかでさらに興奮しながら写真を撮った。


[ジャンプ]


9月5日
 自転車と体が一体になっているようなジャンプ。男の子たちは何時間も練習している。
携帯電話やデジカメで撮り合うことも忘れない。きっとカッコヨク跳べた姿を、来てい
ない友達に送るのだろう。スロープの頂上で回転の技をやってみせる子もいる。


[ザ・メモリーズ三号]


10月4日
 詩+写真の個人誌「the memories」三号が出来上がりました。

あざみ書房の個人誌・同人誌情報のFAIL5で紹介していただいてます。

 手作りのため、いつも紙を買い出しにいっている。それで気付いたのですが、紙は
いつも同じ会社のものが店にあるとはかぎらない、ということでした。そして相場が
変わるということ。いい紙をさがしてあの駅、この駅、とパソコンショップを探し歩
くのが毎度のことです。やはり毎回、同じものはありません。銀座の伊東屋ならパソ
コン用紙もそうでない紙も同じものがいつもあるけれど高いし、いまひとつ面白くない。
今回も新宿のパソコンショップ街などを一人でうろつく。遂に私も、こういうところ
を歩き回る人になったのだなぁ、などと思いながら、どっさり、けっこう重い紙を買い、
一人背負って、新宿駅に戻るのでした。
 (注・エプソンやコクヨなどの大手のプリント用紙はいつもあります)