思い出を置く 君を置く      (1980.7.1)

 サトウハチローの詩を歌った異色作。

 発売当時は、「太田裕美だからとにかく買った」という感じで、あまり聴かなかった。当時幼かった私には理解できない音楽だったのだ。しかし、CD復刻で(この時も買うか迷ったのだが)入手し、あらためてすごいアルバムだと感じた。もしかしたら彼女の新境地を開けたかもしれない可能性を秘めた1枚なのだ。

 「嘆きのバラ」――1曲目からいきなり心を揺さぶられる。いい!いいじゃないか。思わず涙が出そうになる。「愛してる」「好きよ」もいいが、こういう魂に訴えかけてくる詩を歌わせても、太田裕美は絶品だった。

 2曲目、「泪の中に顔がある」――彼女にはあまりに過酷な「る」攻めだ。詩の末尾が「る」で終わるところだらけなのだ。もともと詩だからしょうがない、脚韻というやつだ。こうなると、彼女のチャーム・ポイントである舌足らずが見事に裏目に出る。やはりこういう詩は正しく発音してほしい。しかも裕美ちゃん、緊張したか、この時はいつもにも増して「る」がきちんといえない。発音成功率は50%以下であろう。

 3曲目「モモンガー モモンガー」――ここでは彼女のうまさが存分に発揮されている。あくびしながら歌うなど、詩の雰囲気を見事に表現するあたりのテクニックはさすがだ。

 他には、「少年の日の花」「キッス パレード」などが好きだ。このほかにも、心にしみいる曲が満載である。

 サトウハチローという有名な詩人の詩を曲にして歌うという、新たな試みであったが、惜しいかな1枚で終わってしまった。文学路線でもう一勝負したら、日本歌謡史も変わっていたかもしれない。今にしてようやくわかったというのが悔しいが、それほどの評価を与えられてもいいアルバムではないだろうか。

 で、例によってジャケット寸評であるが、フィルターがかかっているが、可愛く写っている。「可愛い子ちゃん」イメージをあえて取り払おうということか、写真は少ない。残念。


『裕美抄』

ヒロイン